福岡県北九州市にある小倉東篠崎教会

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7月25日 ≪聖霊降臨節第10主日礼拝≫ 『しるしを求めるとき』 マタイによる福音書16章1~12節 沖村裕史 牧師

7月25日 ≪聖霊降臨節第10主日礼拝≫ 『しるしを求めるとき』 マタイによる福音書16章1~12節 沖村裕史 牧師

≪式次第≫

前  奏      神のみ言葉は (C.S.ラング)
讃美歌    11 (1,2節)
招  詞    詩編52篇10~11節
信仰告白    使徒信条
讃美歌    50 (1,2節)
祈  祷
聖  書     マタイによる福音書16章1~12節 (新31p.)
讃美歌    492 (1,3,5節)
説  教     「しるしを求めるとき」 沖村 裕史
祈  祷
献  金      65-2
主の祈り
報  告
讃美歌    523 (1,4節)
祝  祷
後  奏    オルガンコンチェルト (T.アン)

 

≪説 教≫

■ファリサイ派とサドカイ派

 直前15章39節に、「イエスは群衆を解散させ、舟に乗ってマガダン地方に行かれた」とあります。イエスさまは、ティルスやシドン、デカポリス地方など―多くの異邦人が暮らす地域をめぐる陸路での旅を終え、飢え渇く四千人もの群衆と食事を共にされたその後、再び、ガリラヤ湖畔をめぐる舟旅へ戻られます。

 向かわれたのは「マガダン地方」。この地名が一体どこを指すのか、はっきりとは分かりませんが、様々な呼び名を持っていたマグダラのことではないか、と推測する学者もいます。この推測が正しければ、ガリラヤ湖の西海岸、ティベリアスの北西にあった、ガリラヤ最大の都市のひとつであったということになります。あの「マグダラのマリア」の出身地であり、ギリシア化されたユダヤ人の居住する町でした。

 そのユダヤ人地域に戻ってくるやいなや、待ち構えていたかのように、ファリサイ派とサドカイ派の人々がやって来て、議論をしかけます。冒頭1節、

 「ファリサイ派とサドカイ派の人々が来て、イエスを試そうとして、天からのしるしを見せてほしいと願った」

 彼らはある意図をもって議論をしかけています。イエスさまを試すためです。

 「試す」というこの単語は、これ以前に一度だけ使われていました。福音宣教を始めるに先立って荒れ野に導かれたイエスさまが、悪魔から誘惑を受けられた場面です。悪魔がイエスさまにしたことを、何と今、ユダヤ教の指導者たちが再び行っているのです。

 「天からのしるしを見せてほしい」。そうイエスさまを試したのです。

 以前にも、これと似たような場面がありました。12章38節、「先生、しるしを見せてください」とあります。その時は、律法学者とファリサイ派でしたが、今回は、ファリサイ派とサドカイ派です。

 ファリサイ派は、父祖以来、口頭で伝えられた律法に関する伝承を重んじ、その伝承を掟として日常生活に適応させるための精緻な解釈を展開し、その掟を固く守るよう人々に求めていた、また復活を信じていた人たちです。政治的には、当時のローマに対しする抵抗運動を支持し、ローマと結びついていた支配層に対して批判的でした。これに対し、サドカイ派は、エルサレム神殿での祭儀を司る祭司貴族と呼ばれる人々で、旧約聖書の中でもモーセ五書と言われる最初の五つの文書だけを重んじ、復活を否定し、政治的には、ローマと手を結ぶ保守的な人々でした。このため二つのグループは、それぞれに信仰の正統性を争い、厳しく対立をしていました。

 その水と油のような人たちが今、イエスさまを試みるために、手を結んでやって来たのです。律法を蔑(ないがし)ろにするかのような数々の言葉を語り、驚くべき奇跡の業による癒しを求めて多くの群衆が、それも異邦人たちまでもがその周りに集まり従っている、イエスという存在が邪魔で、危険な存在だったからです。

 

■しるしを見せてほしい

 ところで、「天からのしるしを見せてほしいと願った」ことの、どこが誘惑だったのでしょうか。

 彼らはこう考えたのではないでしょうか。「イエスの奇跡は認めよう。説教に力があるのも承知した。しかし、わたしたちの信仰生活を邪魔するような奇跡や説教ならば、話は別だ。受け入れるわけにはいかない」。それで言いました、「天からのしるしを見せてほしい」と。

 「神があなたを遣わしたというのであれば、その証拠を見せろ。わたしたちが考え、望んでいる救いのしるしを、そのような意味での、天からのしるしを見せろ」ということです。

 つまり、ここで彼らが求める「しるし」とは、自分たちの生き方を変えなくても済むような、「しるし/保証」でした。「あなたは自分が救い主メシアだと自称している。結構だ。でも、あなたがメシアかどうかは、この国の権威であるわたしたちが判断することだ。勝手なことをされては困る。この国の責任者、リーダーはわたしたちだ。イスラエルの民の救いのために労して来たのは、このわたしたちであり、そのために、これまで人生を捧げてやってきた。だから、あなたがメシアかどうか、あなたの救いが本物かどうか、わたしたちが決めるから、その『しるし』を見せなさい」。そうイエスさまに詰め寄ったのです。

 彼らが求めた「しるしを見せてほしい」の「見せる」という言葉は、「論証する」という意味のギリシア語です。イエスさまが救い主メシアであることを論理的に証明するよう、彼らは求めているのです。

 イエスさまとは何者なのかということは、理性による事実認識の問題ではなく、信仰による以外に受けとめることのできない秘義です。しかし、彼らがこの要求をイエスさまに突きつけたとき、その真偽を判定することのできる能力と権限を自分たちは持っていると考えていたはずです。ファリサイ派もサドカイ派も、それぞれの流儀に従って、旧約以来の信仰を研究し、解釈し、実践してきたのですから、イエスさまが何者なのかということを判定することができると自任したのも、彼らの立場から見れば、当然のことだったかもしれません。彼らは、宗教的な伝統・権威を背景に、救い主、神の子を、ひいては神ご自身を、論理的、理性的な認識の対象として掴み取ることができる、そう考えたのです。

 しかしそれは、愚かなことです。例えば、いのちの誕生のメカニズムを科学的に解明することができたとしても、わたしといういのちが今ここに在るのはなぜか、いのちの意味と根拠は科学では説明できないのと同じことです。それは、ただ神秘、神の秘儀としか言いようのないことです。

 いずれにせよ、証拠を示さなければ、救い主としては信じないというのですから、それはまさしく、イエスさまを試すものでした。しかもそれは、神の子を、神を自分の手の中に握って、自分の思いのままにしようとすることです。あの荒野の誘惑の場面で「あなたの神である主を試してはならない」(4:7)とイエスさまが語られた、そのような試みの中に、彼らの不信仰がはっきりと現れます。

 

■イエスさまこそが「しるし」

 そこで、イエスさまはこう言われます。

 「あなたたちは、夕方には『夕焼けだから、晴れだ』と言い、朝には『朝焼けで雲が低いから、今日は嵐だ』と言う。このように空模様を見分けることは知っているのに、時代のしるしは見ることができないのか」

 イエスさまが何者であるか、理性的、論理的に判断することができると考えている彼らに、「確かにあなたたちは、空模様から天気がどうなるのかを、理性的、論理的に判断することができている。それなのに、神が今ここに介入くださっている事実を、出来事を、その歴史を見ることができないでいるのは、どうしたことか」。これは、彼らへの痛烈な皮肉です。そんな彼らを「よこしまで神に背いた時代の者たち」と呼び、こう続けられます。

 「よこしまで神に背いた時代の者たちはしるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」

 「神に背いた」と訳されているギリシア語の元々の意味は「姦婦」です。結婚関係を破る不貞の女性のことです。旧約聖書では、まことの神に対する信仰の節操を破る偶像礼拝に対して、この言葉が繰り返し用いられてきました。神ならぬものを神とする、神ならぬ人間が神の如くに振る舞うことを意味する偶像礼拝からあらゆる悪と罪が生まれる、そのことを表現する言葉です。
 
 偶像とは、天地の創り主なるまことの神とは別に、人間が自分の手で作り上げた、あるいは自分の頭で考え出した神のことです。しかし人は、自分が作った物であるにもかかわらず、その前に跪いて、この世の繁栄を求めようとします。つまり、礼拝の対象として祭り上げておきながら、人間の欲望に仕えさせようとする、それが偶像礼拝です。利益追求が至上命令ですから、欺瞞と暴虐が世に横行するのは当然のことです。まことの神に背くという霊的な姦淫が、悪の洪水を招くのです。まさに、「よこしまで神に背いた時代の者たち」です。

 しかも、イエスさまがそう呼ばれた相手は、かつてバアル崇拝にのめり込んで行ったような人々ではなく、イスラエルの宗教的伝統を自分たちなりに守り抜こうとしていた人々です。彼らとしては、まことの神を礼拝しているつもりではあっても、しかし現実には、見えざる偶像礼拝へと転落している、イエスさまはそう指摘せざるをえませんでした。なぜなら、天から臨んだ神の子、救い主メシアに対して、その真偽を判定することができる権限と能力が自分たちにある、と思い上がっていたからです。人間であるにもかかわらず神の如くに、証拠を見せよ、それを判断しようと言うことは、自分たちの望み、規準に合う「天からのしるし」を求めることです。それこそが偶像礼拝です。

 自分たちこそ、といきり立つ彼らが、逆に、イエスさまの御前にひれ伏し、「あなたこそ生ける神の子キリスト」と信じ、告白するようになるためには、主客が逆転しなければなりません。しかしそれは、「空のしるし」を見て取るような、理性的、論理的な説得によってできることではありません。イエスさまはこう言われます。

 「ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」

 預言者ヨナが、大魚の腹の中に三日間いたように、人の子イエスもまた、十字架の上で殺され、葬られ、三日後によみがえることになる。その死と復活なしに、イエスさまを神の子と信じる信仰は起こりえない。彼らは「天からのしるし」を求めたが、イエスさまの死と復活こそが、そのしるしであり、それによってのみ、彼らの不信仰は、傲慢さは打ち砕かれることになる。そうイエスさまは言われたのでした。

 

■「しるし」はすでに与えられている

 しかし、彼らの不信仰はまた、イエスさまに付き従っていた弟子たちの間にも、深く根を下していました。

 「ファリサイ派とサドカイ派の人々のパン種によく注意しなさい」

 そうイエスさまは言われます。パン種とはパンを膨らませるもので、ほんの少量でも全体に大きな影響を及ぼします。ファリサイ派、サドカイ派の教えには不純物が混ざっている。そうしたものがほんの少しでも混ざれば、増え、全体に蔓延し、良いものまでもが台無しになる。だから「よく注意しなさい」と、イエスさまは言われるのです。

 ただ、弟子たちは勘違いしました。イエスさまは、自分たちがパンを持ってこなかったことを咎めておられると思ったのです。

 10章の弟子派遣の記事からも分かることですが、何も持たず、何の貯えもなく、着のみ着のままで旅に出た弟子たちにとって、食ベ物がないことは、無視できない問題だったに違いありません。弟子たちの勘ちがいではあっても、そのことがここで話題となったのは、むしろ自然なことと言うべきでしょう。

 しかしこれは、あくまでも人間の側から見た場合のことです。イエスさまからご覧になれば、主が共にいてくださるということだけで、絶対的な保障が約束されているのです。本来、この揺らぐことのない恵みと導きがあればこそ、弟子たちはすべてを棄て、敢えてみ後に従うことができたはずでした。

 ところが、そのことを忘れ、パンがないことに気を取られるとは、何という不信仰でしょうか。しかも四千人の群衆にパンを与えられたという出来事の直後です。イエスさまは言われます。

 「まだ、分からないのか。覚えていないのか。パン五つを五千人に分けたとき、残りを幾籠に集めたか。また、パン七つを四千人に分けたとき、残りを幾籠に集めたか」

 そうです。弟子たちは、五千人、そして四千人の人々がわずかなパンによって飢えを満たされたという、あの奇跡を目撃し、直接体験したはずです。それなのに、その恵みの主が今ここにいてくださるにもかかわらず、どうして信じ切ることができないのか。ここに弟子たちの不信仰が見えてきます。

 ファリサイ派やサドカイ派のように「しるし」を要求しなくても、イエスさまのもとに押し寄せて来た群衆たちには、すでに、ちゃんと「しるし」は与えられていたのです。

 「まだ、分からないのか。覚えていないのか。しるしはすでに与えられていたではないか」

 そう、イエスさまは言われたのです。

 わたしたちも同じです。気づかなくてよいものが気になってしようがありません。見ないでいいものが目に入って来ます。逆に、恵みとなるとすぐに忘れてしまいます。それで、感謝も喜びも心に湧いてきません。だからこそ、イエスさま何度も、何度も恵みのしるしを与え、「まだ、分からないのか。覚えていないのか」と繰り返し語りかけてくださるのです。

 「覚えていないのか」。「覚える」という言葉は「思い出す」と訳すことのできる言葉です。しかし、それは単に、忘れ去っていたことを思い起こすということではありません。むしろ、忘れてはいない過去のことを、今また心に留めるときにこそ使う言葉です。イエスさまを三度も否定したペトロは、鶏が泣くとイエスさまの言葉を「思い出して」、外に出て激しく泣きました。その涙はただの後悔ではありません。裏切られると知っていても、それでも、かかわりを断とうとはされないイエスさまの心に触れた者の涙です。イエスさまの言葉を「思い出した」ことが、生き方を変え、殉教を厭わぬ宣教者に彼を変えたのでした。

 今ここに、神の国、神の愛の御手がすでにもたらされています。どうか、わたしたちの心の目を、主によって開いていただき、その溢れるほどの恵みに圧倒され、その驚くべき愛の御心を思い出し続けたい、そう願う次第です。