福岡県北九州市にある小倉東篠崎教会

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1月10日 ≪降誕節第3主日礼拝≫ 『ここに、おいで』マタイによる福音書11章25~30節 沖村裕史 牧師

1月10日 ≪降誕節第3主日礼拝≫ 『ここに、おいで』マタイによる福音書11章25~30節 沖村裕史 牧師

■アッバ、父よ
 今日は、1月6日の公現日、イエスさまがにそのお姿をわされたの後の、最初の主日です。わたしたちは今、降誕節の季節を過ごしていますが、この公現日後主日から、受難節が始まる灰の水曜日までの期間を、公現の季節、公現節として守っている教会もあります。
 さて、みなさんは、「イエス」という名を聞くと、どういうお顔とお姿を思い出されるでしょうか。子どもたちと共におられるイエスさま、ゲッセマネでひとり祈られるイエスさま、十字架の上のイエスさま、あるいは甦られて弟子たちと一緒に焼き魚を食べておられるイエスさまなど、様々に思い出されるでしょう。わたしには、この世の虚しさ、不条理、そしてわたしたちの罪を一身に負いつつ、この世のものではない神の栄光を内に隠しておられるイエスさまのみ顔とお姿が見えてきます。
 今、11章の25節から27節に、神に祈られるイエスさまのお姿が描かれます。
 「天地の主である父よ…そうです、父よ…」
 「父よ…父よ…」
 イエスさまは、この世にあって、いつも、また幾度となく祈られました。祈りの人でした。弟子たちの求めに答えて教えられ「主の祈り」は、まず何よりも「父よ」でした。また孤独と悲しみの底で、十字架を前にして祈ったゲッセマネの祈りもまた、まず「父よ」でした。
 新約学者エレミアスは、「アッバ、父よ」という祈り、この一語にイエスさまのすべてがあったと言い、カトリックの井上洋治神父は「『南無アッバ』の祈り」という一文の中でこう語っています。
 「エレミアスによれば、アッバというのは…赤ん坊が乳離れをしたときに、抱かれた腕の中から父親に向けて最初に呼びかける言葉であり、親愛の情をもって父親を呼ぶ言葉として、大人も使うという」
 「神は『旧約聖書』の『申命記』が語るような、嵐と火の中でシナイ山頂に降臨し、言うことをきかない者には三代、四代に及ぶまでの厳罰をくわえる神ではなく、赤子を腕のなかに抱いて、じつと悲愛のまなざしで見守ってくださっている父親のような方なのだと、イエスが私たちに開示してくださったのだということを、エレミアスによってアッバは教えてくださった」
 イエスさまはここでも、「アッバ、父よ」と呼びかけるようにして、「わたしはあなたをほめたたえます、父よ、天地の主よ」と祈り始めます。「ほめたたえる」は「告白する」という意味の言葉です。イエスさまは今、ご自身が、慈愛に満ちたもう、天地の主たる神の「子」である、そう告白しておられます。

■幼子のような者
 しかし、イエスさまの時代に、イエスさまを見、イエスさまに聞き、イエスさまに触れることのできた人々が、イエスさまのその姿を知っていたでしょうか。多くの人々にとって、イエスさまは路傍の人でした。不幸と災い、病にあったとき、イエスさまに助けられた人はいるらしい。しかし多くの人は、イエスさまをただの悪霊払い師としか見ず、その傍らを通り過ぎて行きました。だれも、イエスさまを神の子として知りませんでした。
 かえって、ユダヤの「知恵ある者や賢い者」たち、祭司長たち、律法学者やファリサイ派の人々は、イエスさまを危険視し、ついには捕え、当時の支配者であるローマ人の手に渡し、殺してしまいました。すべてを捨ててイエスさまに従っていったわずかな弟子たち、ペトロやヤコブ、ヨハネたちも、何度もイエスさまに躓きました。イスカリオテのユダも、イエス殺しの手先になりました。だれ一人、イエスさまの姿を、神の子であることを知りませんでした。
 誰も知らないその時に、その場所で、そしてまた「ああ、コラジンよ。ああ、ベトサイダよ…カファルナウムよ、裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済む」と言われたその後に続けて、イエスさまはこう言われます。27節、
 「父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません」
 子がだれであるかは、誰も知らない。ただ父―天地の主なる父なる神ひとりの他は、誰も知らない。そして、その父はだれであるかを、誰も知らない。ただ子―イエスさまひとりの他は、と言われます。
 いえ、神の御子イエスと、子であるイエスさまが父をあらわそうと思う者、選ばれた者の他は、誰も知らない、と言われます。それは、25節に
 「知恵ある者や賢い者には隠して、幼子のような者にお示しになりました」
とある、その「幼子のような者」のことを指しています。
 イエスさまが選ばれた「幼子のような者」とは、パウロがコリントの信徒への第一の手紙1章27節から28節に、「神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれた」、そのような人々のことです。
 さきほどの井上洋治の一文にも、こう記されています。
 「四十三歳で京都に下山するまで、ひとり比叡山の黒谷の青龍寺で道を求めておられた(法然)上人を苦しめた課題、すなわち、”金のある人は寺にお布施をすることによって、頭の良い人間はお経を学ぶことによって、意志の強い人は戒律を厳守することによって救われよう。しかし金もなく、頭も悪く、意志も弱い人はどうしたら救われるのだろうか。ただ涙するしかないのか”、というのがまさに上人から私の心に烈しく問いつめられてきた思いだったのである」
 そして井上は、『法然 イエスの面影をしのばせる人』という本の中で、その法然上人の生涯をこんな言葉で締めくくっています。
 「社会の下積みの生活に喘ぎ、そのうえ救いへの道さえ閉ざされていた人たちの哀しみや痛みをご自分の心にうつしとり、救いの門をその人たちに開かれたため、あの孤独と苦悩と屈辱の死をとげられた、師イエスの生涯の真骨頂を、アッバは法然上人の生涯を通して私に示してくださったのだといまも私は信じている」と。 
 律法から離れて暮らさざるを得ない、苦しみ喘ぐ、罪人と呼ばれた人々にこそ、父なる神はご自身を示されたのだ、とイエスさまは言われます。そして26節、「そうです、父よ、これは御心に適うことでした」と言われます。
 神の「御心」とは、「愛」の御心です。罪人、苦しみ喘ぐ人々、弟子たち、そしてわたしたちが、御子イエスと父なる神との交わり、限りない愛に与かる者として、今ここにあるのだ、とイエスさまは宣言してくださっているのです。

■軛は負いやすい
 だからと、イエスさまは言われます。28節以下、
 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう…わたしの軛を負い、わたしに学びなさい…わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」
 「軛」とは、二頭の家畜を一組に合わせるために使われた、木の棒と綱とからなる道具のことで、毎日の農耕作業には欠くことのできないものでした。その家畜に合ったものが一つひとつ作られました。家畜に合わなければ、作業効率や仕事量が落ちるばかりか、大切な家畜を傷つけることにもなるからです。二頭の家畜をつなぐためのものですから、一方の家畜の軛が合わず、痛みと苦しみを受ければ、もう一方の家畜も、前にも後ろにも進むことができなくなり、身動きできない状態に陥ることになります。
 イエスさまが「軛」というとき、それは「律法」を意味していたと思われます。使徒言行録でも、異邦人は割礼を受けなければ救われないと主張する人たちにペトロが、先祖も自分たちも負いきれなかった「律法」という「軛」を、なぜ異邦人の兄弟姉妹に求めるのか、と反対しています(使徒15:10)。イエスさまによって自由の身にされているのに、律法を行って救われようとするなら、奴隷の「軛」に再びつながれることになる、とパウロも説いています(ガラテヤ5:1)。このように「軛」のその多くは、律法の奴隷になっていることの象徴として使われます。
 しかし、肯定的な意味もあります。エレミヤは、折ってはならない「軛」が人にはあると教えています。このときの「軛」は、神の前に首をたれてさし出し、神の教えを受け入れる、その姿勢を表しています(2:20)。
 律法を順守しようとして、律法学者やファカサイ派の人々は細かな規則をたくさん作り出しましたが、それはかえって神の御心を忘れさせ、律法を実行できない者を軽んじ、罪人と蔑む心を生み出しました。
 今、イエスさまは、律法学者やファリサイ派の人々の「軛」を負うことに疲れた人、そこからはじき出された人に「わたしの軛」を負いなさい、と招かれます。その「軛」とは、イエスさまが共に負ってくださるもう一つの軛であり、神のみ前に謙虚にひざまずく人の姿としての軛のことでしょう。
 「わたしの軛は負いやすく」にある「やすい」という言葉は、「良い」「情け深い」「慈愛」と訳すことのできる言葉です。ここでは、律法は書かれた文字ではなく、慈愛を込めた神の語りかけとなって、心に響いてきます。しかも、その愛をもって、イエスさまは「共に軛を負ってくださる」と言われます。
 もう一つの軛に繋がれたあなたの痛みを十分に知りつつ、その痛みを取り除きつつ、あなたの痛みを自分の痛みとして受け入れ、ともに負ってくださると言われるのです。これが、イエスさまが言われる、「わたしの軛は負いやすく」ということでした。

■わたしのもとに来なさい
 ひとりのご婦人が入院されていました。病気のために身体全体が痛み、自分の身辺処理さえも不自由になっていました。経済的な問題も抱えておられ、早く退院したいと申し出ていましたが、家には家族の問題が山積し、離婚話さえ出ているということでした。
 友人であった教会員からの依頼を受けて、彼女をお訪ねしました。週に一度のペースでお訪ねするたびに、長い時間、その苦しみや悲しみを聞かせていただきましたが、具体的な解決も見出せず、無力感に襲われるばかりでした。
 そうした中に読んだのが、「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」というこの言葉でした。彼女はこの招きに応えて、イエス・キリストにすがり、やがて信仰を持つに至りました。
 その時、彼女は言いました。
 「先生、わたしは今まで、ただ自分のことばかり考えていました。身体の痛み、経済的問題、夫や子どもの問題について不平不満ばかりでした。…先生、でも、イエスさまの懐にこそ本当の安らぎがあるのですね。神様を仰ぎ見ればよいのですね。…先生、不思議なんです。イエスさまが身近に感じられると、心が温かくなり、自分ほど幸福な者はいないと思えて、ただ『イエスさま、イエスさま』と繰り返すんです…」
 彼女は日ごとに元気になり、信仰も成長し、問題は依然として目の前にありましたが、平安のうちに退院され、今も教会生活を守っておられます。
 イエス・キリストは、「わたしのところに来なさい」と言われます。そして、そこへ行くのも、行かないのも、わたしたちの自由です。イエスさまにすがっても、ひとつも現実の問題の解決にならない、と言う人がいます。当面の問題に目を奪われて、それを解決することだけに心を囚われているからです。
 けれども、イエスさまのまなざしは、山積する問題を抱えて、痛み、苦悩し、絶望している、その人自身に向けられています。苦悩と絶望の中で不平不満をもち、自分を呪っている人こそ、変えられることを望んでおられるのです。
 わたしたちにとって最も重要なことは、不平と呪いと絶望に満ちたわたしたちの心の奥にある「わたし自身」に迫って、本当の希望と愛と感謝に満ちた人間に造り変えていただくことではないでしょうか。
 旧約聖書に、「あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない」(詩篇55:22)という言葉があります。また新約聖書も、「あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです」(1ペトロ5:7)とすすめています。
 イエスさまは、今も、わたしたち一人ひとりを、慰めをもって招いてくださっています。感謝をもって、この招きに応えて参りたいものです。

お祈りします。慈愛の神よ、あなたの礼拝にあずかることができる恵みを深く思います。と同時に、おごり高ぶってしまう、わたしの罪の恐ろしさを思わずにおれません。どうか、幼子のようにしてください。愚かで、傲慢な知恵をあなたが打ち砕いてください。あなたの恵みの前に、あなたの御心を受け入れ、へりくだった者に、まことの喜びと平安があることを心に刻んで、新しい年を、新しい週を歩んでいくことができますように。主のみ名によって。アーメン