福岡県北九州市にある小倉東篠崎教会

【教会員・一般の方共通】

TEL.093-951-7199

2月1日 ≪降誕節第6主日礼拝≫『悲しみの手紙』 コリントの信徒への手紙ニ 7章 2~16節 沖村 裕史 牧師

2月1日 ≪降誕節第6主日礼拝≫『悲しみの手紙』 コリントの信徒への手紙ニ 7章 2~16節 沖村 裕史 牧師

 

■ふたつの悲しみ

 8節から10節、

 「あの手紙によってあなたがたを悲しませたとしても、わたしは後悔しません。確かに、あの手紙が一時にもせよ、あなたがたを悲しませたことは知っています。たとえ後悔したとしても、今は喜んでいます。あなたがたが、ただ悲しんだからではなく、悲しんで悔い改めたたからです。あなたがたが悲しんだのは神の御心に適ったことなので、わたしたちは何の害も受けずに済みました。神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」

 パウロは以前、このコリントの人たちに対して手紙を書いたようです。そして、その手紙がコリントの信徒の人たちをたいへん悲しませたと書いています。厳しい手紙だったのでしょう。コリントの人たちを責める、そんな手紙を出した後、おそらく誰にもそういう経験があるのではないかと思いますが、後悔をしたと書いています。書き過ぎたと思ったのかもしれません。そして後悔をしました。一時は後悔をしましたがしかし、今は喜んでいるとパウロは言います。

 なぜなら、その「悲しみの手紙」がコリントの人たちを悲しませたけれども、それは神の御心に適った悲しみだったから、だから後悔をしていない、喜んでいると言います。

 そして繰り返すように、念を押すようにしてパウロは言います。

 「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」

 「神の御心に適った悲しみ」と言い、その一方で「世の悲しみ」と言います。神の御心に適った悲しみと世の悲しみ―ここに二つの悲しみが語られています。

 もちろん、人が悲しむことは決して悪いことではありません。悲しんだっていいのです。神の御心に適った悲しみであるなら、その悲しみは人を変えていくし、その悲しみが人を救いに導いていく、そう言います。

 では、神の御心に適った悲しみとは、どのような悲しみでしょうか。それは、端的に言えば、神の前で悲しむということです。神の前での悲しみ、その悲しみが人を変えるのだとパウロは言います。

 神の前で悲しむということ、それはたとえて言えば、光に照らされることに似ています。光に打たれて、自分のことが分かるのです。それが神の前で悲しむということです。

 世の悲しみというのは、自分で自分のことを悲しむことです。自分で自分のしたことをあれこれと考えるのです。悲しみが深まって行きます。悔いる思いが深まって行きます。でも、自分ひとりで悲しみ悔いて、そのことを考えれば考えるほど落ちこんで行きます。出口が見えなくなってしまいます。

 神の前での悲しみは、ただ悔いるのではなく、悔い改めに導かれます。神の前でわたしたちが悲しむとき、何が問題なのかをわたしたちは初めて知ることができます。何が間違っていたのかに初めて気づかされます。

 そうして、もう一度、立ち上がらされるのです。それこそ、悔い改めながら人は変えられて行く、ということです。信仰というものに変化があり、進歩があり、成長があるとするなら、それはいつも神の光に打たれて、そうして悔い改めさせられるということではないか、と思います。

 

■十字架の赦しの神

 悲しみのない信仰生活がよいのではありません。失敗し、打ち砕かれて、押し倒されて、もう一度、立ち上がらされて行く。その中で変えられて行くのだ、ということを知らなければなりません。

 信仰者の慰めは、神の前で悲しむことができるということにあります。神の前で悲しむことができるということに、わたしたちの拠り所があると言ってもよいでしょう。

 教会幼稚園の集会に講師として来られた、ある先輩牧師のお話しが忘れられません。彼は子どもと家庭のことについて、ご自分の経験を通してこんな話をしてくださいました。

 多感な少年時代、突然、お母さんが亡くなられました。それからしばらくして、お父さんが再婚されます。その頃、自分にとって一番つらかったこと、それは何かと言えば、家に帰って泣けなかったことだと言われます。外で喧嘩をしたり、つらい目にあって帰ってくる。それまでは家に帰ってワァーと泣けたのに、泣けなくなった。それが一番つらかったと言われました。

 わたしたち信仰者の恵みは何かと言えば、泣く場所を持っているということではないでしょうか。人間は泣いて、そしてもう一度、そこから始めることができるのです。倒れて泣いて、もう一回そこから立ち上がっていくのです。泣く場所があるから、わたしたちはもう一回そこから立ち上がることができるのです。

 この世の悲しみというものは、自分一人で自分のことを悲しむことですが、それはただただ悲しいだけです。人を落ちこませ、打ちのめします。「世の悲しみは死をもたらします」。「世の悲しみは死に到らせる」といいます。人は悲しみながら、悲しみに打ちひしがれながら、つぶれて行くのです。

 わたしたちはただ悲しむのではありません。悲しんで泣いて、そこからもう一度、立ち上がることができる場所があるのです。

 青山学院大学宗教主任・法学部教授の塩谷直也という人がこんなことを書いています。

 「ある時、本当に手痛い挫折を体験し、[この]山から転げ落ちました。もうこれより下はない谷底に落ちたのです。完全にうつぶせの状態から、泥だらけの顔をゆっくりあげてみました。手をつく地面の先へ恐る恐る視線を移しました。

 すると、その私がはいつくばっている地面の延長線上に、初めて目にするみすぼらしい十字架が突き刺さっています。更に目を上げると、そこにははりつけにされた、弱り切ったイエスがいるではありませんか。そのイエスが私に息も絶え絶えにこう言っている気がしました。

 『お前はひとりか?』

 『はい』

 『私もそうだ。弟子たちはみんな逃げていった。……お前は中途半端か?』

 『はい』

 『私もそうだ。仕事の途中で、十字架につけられる始末だ。……お前はさびしいか?』

 『はい』

 『私もそうだ。どうやら私たちは仲間だ。どうだ、ここで、ひとまず私と一緒に絶望しようじゃないか。』

 『……はい』

 十字架は、山の上にあったのではありませんでした。谷底にあったのです。神の存在など期待できないこの場所で、私はひとりぼっちだと叫ぶこの地べたに、イエスが先に来て待っていてくれたのです。2000年前、十字架にかかって死ぬ間際に『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』(マルコ15:34)と叫んだイエスは、今も昔も谷底で、両手を広げて私たちを出迎える方でした。

 この谷底の十字架を見出した時、私は初めて『イエスに従おう』と素直に思えました。もしもイエスが山の上に定住する方なら、私はキリスト教信仰をとっくに捨てていたでしょう。この谷底で出会ったからこそ、私はもう一度立ち上がる力と希望を与えられたのです」(「十字架の神学」より)

 十字架の赦しの神のもとにあるから、わたしたちはつぶれない、もう一度、生きるのです。何回でも、そこからやり直すのです。それが信仰を持って生きているということではないでしょうか。

 

■共に座る

 11節から13節、

 「神の御心に適ったこの悲しみが、あなたがたにどれほどの熱心、弁明、憤り、恐れ、あこがれ、熱意、懲らしめをもたらしたことでしょう。例の事件に関しては、あなたがたは自分がすべての点で潔白であることを証明しました。ですから、あなたがたに手紙を送ったのは、不義を行った者のためでも、その被害者のためでもなく、わたしたちに対するあなたがたの熱心を、神の御前であなたがたに明らかにするためでした。こういうわけでわたしたちは慰められたのです」

 コリントの教会の人たちの悲しみは、彼らが不義を行ったということではなかったと書かれています。彼らの仲間の誰かが不義を行ったということのようです。そのことが彼らの全体の悲しみとなったと言います。

 「例の事件に関しては、あなたがたは自分がすべての点で潔白であることを証明しました」

 どんな事件であったのか分かりません。しかし大きな事件でした。そのためにパウロはわざわざ手紙を出したのです。彼らのほとんどの者は、その事件に関しては潔白でした。その手はよごれていません。でも、それでよかったというわけではありません。

 仲間の誰かが不義を行いました。それを自分たちの悲しみとした。そのことを彼ら自身の痛みとした。それがパウロたちの慰めとなりました。彼らは仲間の罪をただ責めたのではありません。仲間に対して悪口を言ったわけでもありません。彼らは悲しんだのです。兄弟姉妹の罪や不義を悲しむ、それが彼らの交わりでした。

 旧約聖書の詩編133篇にこういう言葉があります。

 「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び」

 ここには、交わりの祝福が語られています。兄弟姉妹が共に座っている。そのことが大きな恵みであり、大きな喜びだといいます。人間の幸いというものは、突きつめていえば単純なことです。誰かといっしょに座っている。いっしょに座る兄弟姉妹がいるということ、そのことが人間の最大の慰めであり、喜びだ、と詩編の詩人は言うのです。

 そしてわたしたちが誰かといっしょに座っているということは、誰かの弱さを自分の弱さとするということ以外ではありません。誰かの痛みを自分自身の痛みとすることで、わたしたちは誰かといっしょに座ることができるのです。兄弟姉妹の罪を自分の痛みとするのです。

 人の罪を責めることは簡単でしょう。誰かを追及すること、追及してあげつらうことは誰にでもできます。しかしそうやって誰かを責めることによって、誰かを排除し、切り捨ててしまうのです。それでは共に座ることはできません。兄弟姉妹と共にいるということは、兄弟姉妹の弱さや罪を自分の悲しみとし、そして自分の祈りとしているのだということです。

 そういう形で、わたしたちは兄弟姉妹に出会うのです。兄弟姉妹の弱さや不義を自分の痛みとして行くという形で、一人の兄弟姉妹を見出すことができるのです。人間は、自分ひとりの喜びや悲しみの中では、何も得ることはできないでしょう。共に座っている兄弟姉妹がいる、あるということの中に、わたしたちの人間としての深い慰めがあり、充実があるのです。

 

■悲しみの中の慰め

 最後に、わたしたちが考えてみなければならないことがあります。

 わたしたちはキリストを悲しませながら、生きているのだということです。キリストの悲しみのゆえに、わたしたちはみんな、赦されて生きているのです。わたしたちの生きていることの背後には、キリストの深い悲しみがあるということを、誰も忘れることはできません。

 もしそうなら、わたしたちも誰かのために悲しまなければなりません。この身に何かを背負わなければなりません。誰かのために、この身に何かの重荷を背負いながら、祈りながら生きて行くのです。人生の深い慰めは、そのような歩みの中にこそあるのだということを、わたしたちはこのパウロの言葉から示されているように思います。

 今日も、末盛千枝子の「心の痛み」という一文をご紹介して、メッセージを閉じさせていただきます。

 「心の痛み、と言ったとき私がまず思い出すのは、十年あまり前に長男が大怪我をしたときのことです。その怪我がもとで胸から下が動かなくなりました。

 息子の最初の入院のときから、私は黙って彼を見守りながらともに生きてきたという思いはあるのですが、いまでも痛みを感じる忘れられないことは、息子がもう歩けないのだとはっきり知った日のことでした。

 その日、面会時間ギリギリまで病院にいましたが、迎えにきてくれた次男と、息子たちにとっては義理の父親にあたる結婚したばかりの夫と一緒に、後ろ髪を引かれる思いで病院を出ました。私だけ、まだ残っていたいとは言い出せなかったのです。

 外に出たとたんに、こらえようもなくどっと涙があふれ、声を上げて泣いてしまいました。長男の部屋の真下を通りましたが、次男は私の声が病室の兄貴に聞こえてしまうと言って心配したほどでした。

 それからしばらくしてリハビリも始まり、長男はベッドの上にすわれるようになり、やがて車椅子に移れるようになり、さらに車椅子を自由に操れるようになりました。

 そんなころだったと思いますが、長男が、『あのときだけは泊まっていってもらいたかった』と言ったのです。『あのとき』がどのときだか、私にはもちろんわかっていました。息子に本当に申し訳なかったと思いました。

 息子にとってたいへんな人生の危機のときを一緒にいてやらなかった、いようと思えばできたはずなのにしなかったと、いまでも疼(うず)く思いがあります。

 私にとっていまも心の痛みです。自分自身の小ささをいやと言うほど思い知らされます。」

 パウロの手紙を読んだときの、コリントの人たちの深い悲しみと神の深い慰めを思わせる一文です。感謝して祈ります。