福岡県北九州市にある小倉東篠崎教会

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4月17日 ≪復活節第1主日/イースター「家族」礼拝≫ 『さあ、新しくやり直そう!』ヨハネによる福音書11章17〜27節 沖村裕史 牧師

4月17日 ≪復活節第1主日/イースター「家族」礼拝≫ 『さあ、新しくやり直そう!』ヨハネによる福音書11章17〜27節 沖村裕史 牧師

≪説教≫

■ラザロは、今もここに座っている

 島崎光正という詩人をご存じでしょうか。日本現代詩人会会員である彼が、八十歳になった自分の生い立ちを書き残しています。

 「私は1919年、大正の半ばに福岡の市(まち)でこの世に誕生をみた者である。父は、そちらの大学を出て間もない若い医者だった。ところが、父はそれから一か月後には早くも世を去っている。患者から感染したチブスが原因だった。それからの私は、長崎から嫁いできていた母とも生別れとなって、父親の遺骨と共にその郷里であった信州の田舎に帰り、祖父母によって、ミルクで育てられた。厩(うまや)の跡が平屋の一角に残っていた農家である。

 父の私への遺産とては何もなかった。ただ、…どうしたわけか父が使っていたらしい医療器具のメスのセットが福岡から誰かが持ち帰り残されていた。それは大正時代の古い様式のもので、柄(え)は木製のものだった。少年時代となってそれを見つけた私は、生れつきに負った二分脊椎(にぶんせきつい)の障害から、変則的な歩行がもとで足の裏に出来やすかったマメを、玩具(がんぐ)がわりのそのメスを使って削った。ふとそれも、父の遺産を感じた。

 こうして、足を引きながら成長した私だったが、村の小学校に通うようになってから、そこでキリスト者の校長と出会い、村人の言い慣わしに従えばヤソの名前を知った。厩の跡に近い軒下(のきした)には季節になると燕(つばめ)がしきりに出入りしては雛(ひな)を育て、歳月をつもらせる。のちに、松葉杖と長靴に頼ることとなり白樺人形を刻むようになった私は、育ての親であった祖父母とも死に別れた時期に遭遇する。つくづくと人間の弱さと頼りなさを味わったあげくを、ヤソの校長がなお健在でそこにいた松本の教会で洗礼を受けた。敗戦後の、三年目の夏のことである。

 それは私にとって、古い罪の人間に死に、墓から呼び出された出来事であったに相違なかった。

 けれど、それからの歳月の中で、いくたびその墓の中に帰ってゆくことを繰り返しがちであったことだろうか。人からは見られない、洞穴(ほらあな)の心安さもそこにはあったからである。だが、その都度呼び戻されたのは、よく気がつかないままに、先達(せんだつ)としてのラザロの姿が重なっていたためかも知れない。

 私は今も、足の裏のマメが何時しか褥瘡(じょくそう)にかわって包帯に親しむこととなり、治療のためにそれをほどきながら、そのことを思う。ラザロが布をほどかれた時にも、そのように墓の外で、光にさらされていたのだと。」

 島崎は、自らの詩を記した後、こう付け加えます。

 「ラザロは、今もここに座っている。」

 その島崎が七十七歳の時、ドイツで開催された二分脊椎国際シンポジウムで講演し、その締め括りにと作った詩があります。

 「自主決定にあらずして/たまわった/いのちの泉の重さを/みんな湛(たた)えている」

 この詩が大切なことを教えてくれます。

 わたしたちは「みんな」、「自主決定にあらざるもの」―自分で決めることのできない様々なもの、思いもよらない災害や事故、どうしようもない人間関係のもつれやいろいろな失敗、与えられたと言うほかない出会いやいのち―を負って生きている。そのようにして、「いのちの泉の重さを湛えている」。「自主決定にあらざるもの」を受け止めて生きるのが、人間の本来の姿なのだ。それなのに、わたしたちはそれが分からなくて、それを避けて生きようとして、かえって苦悩を呼び込み、救いを求めている。救いは、「自主決定にあらざるもの」を避けるところにではなくて、それを「たまわったもの」として受け止め、そこを生き場所として、そこで咲こうとするところにある。それは、諦めの弱い生き方ではなく、生かされていることに対する誠実な生き方なのだ。

 島崎の言葉が、ラザロの姿と重なってきます。

 

■あなたの兄弟は復活する

 そのラザロの物語です。

 ベタニアに暮らしていたマリアとマルタが人を遣わして、弟ラザロの重病をイエスさまに知らせました。ラザロのいのちを救いたい。藁(わら)にもすがるような切実な思い、願いでした。

 しかしイエスさまは、すぐには動こうとはされませんでした。イエスさまがようやくベタニアに着いた時、ラザロはすでに死んでいました。「墓に葬られて既に四日もたっていた」とあります。ラザロが葬られたその墓からは、死臭があたりに漂い始めていました。今はもう悲しみを受け入れるべき時、慰めを受けるべき時…。たくさんの人がそのために集まっていました。イエスさまのあまりにも遅すぎる到着に、人々は冷(ひ)ややかな、そして非難を込めた視線を向けます。マリアは家の中に座ったままで出迎えようともしません。誰も、何も期待をしていませんでした。もうすでに終わってしまったことでした。

 今日の出来事は、その「終わった」ところから「始まり」ます。

 すべてがもはや手遅れになってしまっているように見えます。しかしそのように「見える」のは、わたしたちにとってであって、神にとってではありません。直前11節に「ラザロを起こしに来られた」とあります。手遅れということはありません。神は、そして御子イエスは、どのような状況からでも、新しく始めることのできるお方です。わたしたちに、何度でも新しく始めることを求め、またそのために助けてくださるのです。

 しかしマルタの口からは、恨み言が漏れます。その恨み言も、イエスさまがおられたら、きっと助かったであろうにという信頼があればこそ、でしょう。そのマルタに、イエスさまはこう宣言されます。

 「あなたの兄弟は復活する。」

 この言葉をマルタはどう受け取ったでしょうか。おそらくマルタは、イエスさまがもっと慰めに満ちた優しい言葉をかけてくださると期待していたのではないでしょうか。それなのに、イエスさまが通り一遍の返事として、世の終わりには死者は復活するという、当時のユダヤの人々が信じていた教えを語られたのだ、と思ったに違いありません。何とおざなりな、お茶を濁すような言葉だろう、マルタはそう思いました。

 「『終わりの日の復活の時に復活することは存じております』と言った。」

 そんな分かりきったことを語ってイエスさまが慰めようとされることに、マルタはちょっと腹が立ったに違いありません。「そんなことぐらい存じております」。彼女はツンとした調子で答えます。しかしイエスさまは、そんな彼女にさらに言葉を重ねられます。

 「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」

 「信じます」と応えたマルタの言葉は、しかし、ただ空しく響くばかりです。姉妹のマリアも同じ言葉を繰り返します。ラザロを悼むあまりに取り乱すマルタとマリア、周囲の人々です。その様子を見たイエスさまは、「涙を流され」ます(35節)。イエスさまは、体の奥底が引きちぎられるような悲しみをもって涙され、絶望の闇の中いる人々に寄り添われます。激しい、溢れるほどの愛が、悲しみの中にあった人々の心を満たします。

 こうして、イエスさまはラザロの墓へと案内を頼み、洞穴の墓をふさいでいた「石を取りのけなさい」(39節)と命じられます。そして「ラザロ、出て来なさい」(43節)と叫ばれます。この言葉を忠実に訳せば、「外に、出よ!」となります。どこから外へ、そしてどこへ出てきなさい、と言われているのか。暗闇の墓の中からです。絶望の暗闇の中から、外の光の中に、です。

 「すると、死んでいた人が、手と足を布で巻かれたまま出て来た。顔は覆いで包まれていた。イエスは人々に、『ほどいてやって、行かせなさい』と言われた」(44節)。こうしてラザロは復活の証人となりました。

 

■裸のいのち

 「ほどいてやって、行かせなさい」という言葉が、この場面、最後の言葉となりました。つまり、これで復活は終了、完成したということです。

 でも、些か奇妙な言葉です。なぜって、布をほどけば、ラザロは裸になるからです。もちろんマルタとマリアはすぐに、ラザロに何かをまとわせようとしたことでしょう。しかしイエスさまはそうはなさいません。

 裸のままです。

 そして実は、裸の姿でこのラザロの復活の奇跡が完成したということに大切な意味がありました。よみがえりとは、裸のいのち、つまり、いのちが本来の与えられてある姿によみがえることだ、ということです。

 わたしたちは仕事や、地位や、家柄や、財産や、才能や、学歴や、業績や、あるいは、思想や、主義主張や、好みや、生き方や、感じ方などで自分を装って生きています。そういうものに気を使い、またそれらを人と比べて、競争しながら生きています。しかし、いのちはそもそも、与えられ、生かされた、いわば、いただきものです。今夜のうちにも、取り去られるかもしれないものです。それなのに、そういういのちの、いわば裸の事実に対して、どれだけわたしたちは心遣いをしているでしょうか。わたしたちは、いのち与えられ、生かされ、支えられ、そしてやがて取り去られるという、いのちの裸の事実に思いを致すよりは、いのちにまといつけた、さまざまな装いに心遣いして、一喜一憂、不毛の心労に疲れ果てているのではないでしょうか。

 野の花を見よ、空の鳥を見よ、と言われるイエスさまの言葉は、いのちの裸の事実に気づき、生かされているという端的な事実に委ねることから人生を始めなさい、ということでした。そしてラザロのよみがえりの話が言おうとしていることもまた、それと同じです。いのちの裸の事実に気づきなさい、ということです。裸の、生のいのちに目覚めること、それが取りも直さず、いのちのよみがえりなのです。だからこそ、ラザロは裸にされて、そこでこのよみがえりの話は終わるのです。

 それなのにわたしたちは、様々な装いを身にまとうことに気を取られ、装いを失うことを恐れます。そして、一旦それを失えば、あまりにも簡単にあきらめ、期待することをやめてしまいます。どうせもう…。どうしようもない…と。わたしたちも、闇の中に死にます。

 そんな時こそ、どうか、教会の尖塔にかけられた十字架を見上げてください。十字架は、神の子イエス・キリストが、「あなたのために死んでくださった」というしるしです。そしてまた、よみがえられたイエスさまが、「今ここに共にいてくださる」ということのしるしでもあります。何よりも、愛されない、理解されない、誰からも相手にされないと苦しむあなたを、その闇の中から光の中へとよみがえらせてくださって、裸のあなたをあなたよりももっと愛し、理解し、かまってくださっているお方がおられることのしるしです。

 初めて教会に来られた方も、少し教会に通っている方も、長く求道生活をしている方も、すでにクリスチャンになった方も、この十字架と復活の出来事が、自分のための愛の出来事だったと感じられる時、全身に力が漲(みなぎ)るような感動を憶え、心の渇きが癒されることでしょう。

 「出て来なさい」「やり直せるよ」というイエスさまの招きに応えて、裸の姿に示された、人間としての根源的な、あるがままの、かけがえのない姿に気づかされ、何度でも新しくされ、ご一緒によみがえりの光の中を歩み始めたい、心からそう願います。