福岡県北九州市にある小倉東篠崎教会

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6月5日 ≪聖霊降臨第1主日/ペンテコステ礼拝≫ 『喜びで満たしてくださる』使徒言行録2章14〜28節 沖村裕史 牧師

6月5日 ≪聖霊降臨第1主日/ペンテコステ礼拝≫ 『喜びで満たしてくださる』使徒言行録2章14〜28節 沖村裕史 牧師

≪説教≫

■嘲笑の中で

 春の桜や秋の紅葉が風に吹かれて、その花びらや葉っぱが一斉に踊るようにして舞うのを見ると、うっとりとします。夏、汗をいっぱいかきながら、自転車をこげば、顔に当たる風が暑さを吹き飛ばしてくれます。白い雪を運んでくる冬の風はとても冷たいけれど、身も心も引き締まるようです。

 誰も、その風を目で見ることも、手でつかむことも、鼻でにおいをかぐことも、口で味わうこともできません。でも、木の枝が揺れ、雲が流れ、花が舞い、葉がざわざわと音を立て、この頬に当たるのを感じれば、風が吹いているのだとわかります。不思議です。神様のようです。神様も、風のように目には見えませんし、手に触れることもできません。それでも、神様がいつも、わたしたちと一緒にいてくださり、どのようなときにもわたしたちを支え導いてくださっている、そう感じることができます。目には見えず、掴めもしないからこそ、いつでも、どこででも、わたしたちに吹いてくる、それが神の働き、神の霊、聖霊です。

 その聖霊が人々に注がれた、ペンテコステの日のことです。

 麦の刈り入れを祝う祭のためにエルサレムに帰ってきていた、つまり異郷に暮らしていたユダヤ人たちは、驚き、そして戸惑います。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」(2:7-8)。驚きと戸惑い、それは、人知を超える神様の力にわたしたちが揺さぶられる時の自然な反応です。

 その一方、パレスチナを離れたことのないエルサレムの人たちには、ガリラヤの人々が語る外国語それ自体がまったく理解できません。「『あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ』と言って」、皮肉たっぷりにあざ笑います。その皮肉には、ガリラヤの人々に対する特別な感情が込められていました。イエスさまと同郷のガリラヤの人々は、エルサレムに住む人々から見れば、パレスチナの辺境の地で汚れた異邦人の間に暮らす、律法を守ろうともしない、貧しく罪多き人々でした。

 自分たちこそ救いにふさわしいと奢(おご)り、聖霊を注がれたガリラヤの人々を皮肉たっぷりにあざ笑う、そのエルサレムの人たちにペトロはこう語りかけます。

 「この人たちは、あなたがたが考えているように、酒に酔っているのではありません」。なぜなら、「今は朝の九時」だからです。

 ユダヤの人々は朝昼晩の三度お祈りをしていました。「朝の九時」は朝の祈りの時刻です。しかも、朝の祈りが済む十時ごろまで一切食事をとりません。ペトロはまず、朝食前から酒に浸るような人がそのような朝の祈りにやって来る筈はないではないかと、エルサレムの人々の皮肉たっぷりのあざけりに何の根拠もないことを示します。

 聖霊―神様の働きは、何か理性を失って酩酊状態になるというようなことではありません。また、聖霊の奇跡を目撃した人々がすべて、それを福音として受け入れるわけでもありません。

 聖霊に満たされたペトロは、人が理解することのできない言葉―異言を語ったり、人を驚かすような奇跡を行ったりするのではなく、誰にでもわかる言葉で、「これこそ預言者ヨエルを通して言われていたことなのです」と、ペンテコステの出来事が神様の御旨によるものであることを、静かに語り始めました。

 

■三つの大切なこと

 ここで、ペトロは大切な三つのことを教えてくれています。

 その一つは、旧約聖書では、特定の「神の人」だけが神様の霊の賜物を受けると書かれているのに対して、ここでは、神の国が成就する「終わりの日」に、「すべての人に」聖霊が注がれる、と書かれていることです。

 男も女もありません、老いも若きも、つまり、おとなもこどもも関係ありません。ましてや、身分も地位も問われることなく、いのち与えられたすべての人に聖霊は注がれるのです。事実このとき、聖霊は特別な人たちだけに注がれたのではありません。むしろ、誰からも省みられることのなかったガリラヤの人々に注がれました。聖霊は「すべての人に」、しかも、「一人一人の上に」注がれます。それは、聖霊によってわたしたちすべてが、それぞれの言葉で、それぞれの考え方のままに、それぞれの立場とそれぞれの持ち場で、ただ一方的に招かれ、新しく生かされる、神様の恵みを指し示すものでした。

 もう一つの大切なことは、「主の名を呼び求める者は皆、救われる」という言葉にあります。「主の名」とは「イエス・キリストの名」ということです。

 聖霊による救いは、イエス・キリストの名によって神を呼び求める者、つまりイエス・キリストの言葉と行いによって父なる神を知るすべての者に約束されているのだ、ということです。神様は目には見えない、知ることのできない、隠されたお方です。しかしその天の父の御心が、イエス・キリストの言葉と行い、十字架と復活を通してわたしたちに示されたのでした。とはいえ、呪いの十字架の上で殺されたイエスという方を、キリスト・救い「主」と認め、あの死にわたしの罪が関り、あれはわたしの救いのための死であったと受けとめることなど、常識では到底考えられない、およそ自分の力で納得できるようなことではありません。それはただ、聖霊の働きによってのみ知らされることです。そのことをペトロは、イエス・キリストを「主」と呼ぶ者こそ聖霊の注ぎを受ける者なのだ、と人々に教えます。

 そして何よりも、このヨエルの預言で注目いただきたいことは、その「主の名による救いの約束」の前に、「上では、天に不思議な業を、/下では、地に徴を示そう。血と火と立ちこめる煙が、それだ。主の偉大な輝かしい日が来る前に、/太陽は暗くなり、/月は血のように赤くなる」という、およそ救いとは真逆の、暗黒と破滅と絶望のイメージが語られていることです。

 真っ暗闇の絶望するほかないようなところに聖霊が注がれ、イエス・キリストの真実に気づかされる。そのようにしてすべての人々に救いと希望が与えられる。それは、イエス・キリストが十字架の上で死んだことに絶望した弟子たちが、復活、そしてペンテコステの出来事を通して、新しいいのち、永遠のいのちに生かされているという希望に満たされた、その体験をなぞるかのようです。

 天の父は、「聖霊によって」キリスト・イエスを示してくださり、暗闇に光を照らし出してくださり、もはやどうすることもできない絶望を希望へと変えてくださったのです。事実、弟子たちはその時、人々の蔑みの中にあり、十字架の時からわずかに五十日余り、いまだユダヤ人指導者たちによる迫害の危機の中に置かれていました。しかし、父なる神は決して、闇の中に放ったままではおられない、絶望の中に苦しむだけではおかれません。

 ペトロは、このヨエルの預言を通して、ペンテコステの出来事の中に示される、すべての人へ備えられている救いを、「絶望の中に示される希望」をこそ、エルサレムの人々に、そして弟子たちに語りかけているように思えます。

 

■耐え忍んで待ち望む

 「絶望を希望へ」と変えてくださる神様の姿について、聖書は何度も証言しています。その語り口はまるで、その絶望が深ければ深いほど、より確かなものとなるかのようです。

 以前にもお話をしたことがあります。「希望」のギリシア語は「エルピス」、「希望を持つ」は「エルピゾー」ですが、これに相当するヘブライ語はありません。あえて挙げるとすれば、「カヴァー」という言葉があります。元々は「引き伸ばす、無理によじる」という意味の言葉で、そこから「伏して待つ、待ち望む」の意味で用いられるようになりました。単に待つというのではありません。「耐え忍んで待つ」というのが、この語の持つニュアンスです。

 詩編40篇1節に、その典型的な例が出てきます。

 「カヴォー・キヴィーティ・アドナイ」

 口語訳聖書では「わたしは耐え忍んで主を待ち望んだ」、直訳すれば「わたしは待ちに待った、主を」となります。

 この詩編を歌ったダビデは、そのときはまだサウル王の側近でした。しかも、王の妬みを買ってその命を狙われ、各地を転々と流浪する身の上となっていました。彼は絶えず迫りくる危険に身をさらしながら、あえて希望の詩を口ずさみました。この詩編の後半には、嘆きとも恨みともつかないこんな心情が吐露されています。

 「わたしのいのちを奪おうと尋ね求める者どもを、ことごとく恥じ、あわてさせてください」(口語訳40:14)

 ダビデは、前半で希望を歌いながらも、後半になると「わたしの心は消えうせるばかりに」なったと嘆きます。前半と後半とではその調子が全く変わります。あたかも希望を持つための条件が、希望の持てない状況に裏打ちされているかのような語り口です。

 信仰に生きる人は、望みのない状況にありながら、あえて希望を抱きます。そして、その待ち望む対象は、いつも「主」、神様でした。

 

■顔を輝かせて

 イエスさまの言葉が思い出されます。

 「今泣いている人々は、幸いである、あなたがたは笑うようになる」

 ルカによる福音書6章に記されるこの言葉を読むとき、いつも、ある葬儀のことを思い出します。五十四歳でした。クリスチャンであった夫を亡くしてから、女手ひとつで育ててきた三人の娘を残して、天に召されました。亡くなる前、その方が病院で洗礼を受けられました。

 一番下は中学生という三姉妹でした。葬儀の時、ボロボロ泣いていました。そんな涙を前にして、慰めの言葉もありません。しかしそんなときにこそ、「泣いているあなたがたは幸い―天には大きな報いがある」というこの言葉に、わたしたちは救われます。何よりも亡くなられた彼女自身が、その福音に、その信仰に救われました。彼女が真っ暗闇だった時、病室でこの福音の言葉を伝えると彼女の顔がパッと輝き、一週間後、洗礼を受けられました。

 死を意識している人を前にして、死の話をすることは勇気のいることです。わたしは祈りつつ、お話しをしました。「わたしたちは皆、神様からいのち与えられてこの世に生まれ、神様によって生かされ、そして神様にいのち取られて死んでゆきます。しかし、死んで終わりではありません。いのちは神様から与えられたものですから、そのいのちが神様のところに戻るだけのことです。いのちは天に生まれ出て、安らぎの内に神様と共にいることになります。洗礼はその先取りの誕生です」と。

 彼女の輝きは、一週間後の洗礼式の時に最高潮に達しました。三人の娘たちが洗礼の証人となってくれました。葬儀の挨拶で、長女がそのときの母親の輝きをこう語りました。「洗礼式のあの日の、お母さんのあんな明るい顔は見たことがありません」。

 聖霊によって与えられた輝き、と言う外ありません。

 その輝きをわたしも目の前で見ました。三人の娘たちも生涯、その輝きを忘れないでしょう。そしてその娘たちが、今度は顔を輝かせる番になってくれると信じています。末の娘は葬儀で泣きながら、同級生たちが歌う讃美歌、祈る祈りに耳を傾けていました。彼女は美しく、輝いていました。そんな彼女の輝きを、同級生もしっかりと見ていました。

 

■絶望の中でこそ

 亡くなる前、彼女の病室で、わたしの友人の話をしたことがあります。彼女はすごくうれしかったようで、娘たちに「牧師先生が、ご自分の親友の話をしてくださったのよ」と、とても喜んでおられたと聞きました。

 その日彼女は、「娘三人を残して逝くことがくやしい」と言って、泣いたのです。思わずわたしももらい泣きし、友人の話をしました。わたしの友人も「くやしい」と言って死んだからです。その友人が亡くなる少し前のこと、彼は「くやしい」と言って泣きました。わたしなどよりもずっと深い信仰に生きていた人ですから、自分が死ぬことは冷静に受けとめていました。しかし、彼には幼いひとり息子がいました。その愛する子を抱きしめることも、その成長を見届けることもできない、「くやしい」と言って泣きます。当然のことです。そのときわたしは「この子が大きくなって、ちゃんと働いて、これからも生きていけるとしたら、それは君のおかげだよ。君の姿が支え、励ましとなって、君の分までこの子はくじけずにやっていくことができるはずだよ」と言いました。「君は死んでも、この子の中に永遠に生きているよ」、そう言いたかったのです。彼はうれしかったようです。

 わたしは彼女に、「あなたは死ぬけれども、これからも娘たちのために働くことができる。娘たちのうちに、永遠に生きるのだから」という福音を伝えたかったのです。彼女はそれを信じ、救われました。

 信仰の世界は目に見えない世界ではありません。神様が聖霊によって、今もこの世界に働いてくださっています。彼女は娘たちの前で顔を輝かせました。それは永遠に消すことのできない光です。その輝きは生涯、娘たちを支えますし、やがてその娘たちが輝くのをこの目で見ることができます。

 そのようにして、すべての見えるものの向こうに、すべての現実の向こうに、神様の愛が、主の聖霊が豊かに注がれています。わたしたちの主は今もここで、聖霊を通して、絶望の中で、苦しみや悲しみの中でこそ共にいてくださり、希望を与え、「喜びで満たしてくださ」っているのです。

 ペンテコステの今日、聖霊によってわたしたちすべてに、救いと喜びがもたらされると約束してくださった主イエス・キリストの御言葉を今一度、心に深く刻みたいと願う次第です。