福岡県北九州市にある小倉東篠崎教会

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12月27日 ≪降誕節第1主日礼拝≫ 『深く嘆き、悲しんでくださる』マタイによる福音書11章20~24節 沖村裕史 牧師

12月27日 ≪降誕節第1主日礼拝≫ 『深く嘆き、悲しんでくださる』マタイによる福音書11章20~24節 沖村裕史 牧師

■糾弾の声
 20節、「それからイエスは、数多くの奇跡の行われた町々が悔い改めなかったので、叱り始められた」
 「数多くの奇跡の行われた町々」とあるように、イエスさまはこの時期、カファルナウムを拠点にガリラヤ北部の町々を巡って、「数多くの奇跡」、直訳すれば「最も多くの力〔ある業〕」を行っていました。その町々の代表として、イエスさまがここに挙げておられるのは、三つの町です。
 そのひとつコラジンは、旧約聖書にも、ユダヤ人歴史家ヨセフスにも言及がなく、新約聖書でもここにしか出てきません。ただカファルナウムの北三キロの場所から発掘された廃墟の広大さから、当時かなり栄えた、重要な町であったと思われます。
 ベトサイダは、ペトロとその兄弟アンデレ、またフィリポの出身地であり(ヨハネ12:21)、またイエスさまが五千人の人々にパンを与えられ(ルカ9:10)、盲人を癒された場所でもあります(マルコ8:25)。イエスさまの宣教活動の重要な拠点の一つでした。それがどこにあったのかはっきりとは分かりません。ただ、ベトサイダという名が「猟の場所」という意味であることから、さらに北にあるフレー湖からガリラヤ湖北岸に流れ込むヨルダン川河口の東側あたりの漁師の町であったと考えられています。
 最後カファルナウムは、ガリラヤ湖の北岸沿いに、長さ約二六キロ、幅四百メートルの遺跡が確認されています。交通の要衝に位置し、当時の人口は五万を数えたと言われます。この地域の中心都市です。イエスさまが福音伝道を始めるにあたって、ナザレからこのカファルナウムに居を移されたとマタイは伝えています(4:13)。イエスさまにとっては、まさに「自分の町」(9:1)、我が町でした。
 イエスさまは、そのガリラヤ北部のその町々で福音を語られ、力ある御業を示されました。その様子が洗礼者ヨハネの弟子たちに語られた言葉として、こう記されています。
 4節、「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。わたしにつまずかない人は幸いである」
 「わたしにつまずかない人は幸いである」とイエスさまは言われます。しかし、イエスさまの御言葉を受け入れず、その力ある業につまずいた人々がいました。それが、自分の目で見、自分の耳で聞いたはずの三つの町の人々です。そのことを糾弾する厳しいイエスさまの声が、ここに書き留められています。

■激しいほどの愛
 しかし、ただ非難するだけの言葉というのではありません。
 21節の冒頭に「コラジン、お前は不幸だ。ベトサイダ、お前は不幸だ」とあります。「不幸だ」と言われます。ギリシア語の「ウーアイ」ouvai,。擬声語です。痛みの時、悲しみの時に、思わず口から飛び出す、呻きと叫びを表わす言葉です。英語の聖書では”alas”、「ああ」とも訳されます。
 「あなたにとってウーアイ、コラジン。あなたにとってウーアイ、ベトサイダ」と、身を切られるような思いをもって、イエスさまは呻いておられます。「ああ、何と言うことだ」と呻かざるを得ないのです。何とかして、この人たちの滅びを食い止めたい。そんな激しいほどの愛の言葉です。
 人が罪を、過ちを犯した時、わたしたちはどうするでしょうか。イエスさまのように「叱る」でしょうか。多くの人は、自分に関係なければ、見て見ぬふりをしてその傍らを通り過ぎるか、いささかなりとも自分に害を及ぼすようであれば、犯罪者、罪を犯した者として裁くために告発することでしょう。その人が罰せられようと、たとえ滅ぼされようと、他人事。自分とは何のかかわりもない、また関わりたくもない人です。そこに愛などありません。
 しかし、イエスさまは違います。愛するがゆえに告発せざるを得ないのです。これほどまで強く、あたかも糾弾するかのようにして人々の魂に迫って行くイエスさまの迫力に、その愛の力に胸打たれる思いがします。
神の愛が聖書には溢れています。イザヤは「わたしの目にあなたは価高く、貴く/わたしはあなたを愛し」ていると語る神の愛を伝え(43:4)、出エジプト記は「あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神である」、神の愛は「嫉む」ほどの激しい愛であると告白します(20:5)。しかしそれは、「あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。ただ、あなたに対する主の愛のゆえ」であったと申命記にも記されます(7:7-8)。だから、「主は、決して/あなたをいつまでも捨て置かれはしない。主の慈しみは深く/懲らしめても、また憐れんでくださる。人の子らを苦しめ悩ますことがあっても/それが御心なのではない」と哀歌は歌います(3:31-33)。
 そしてホセアもまた、イスラエルの民の背信行為に対する神の激しい告発は、愛するがゆえの告発であった、と語ります。
 ホセアは、紀元前750年頃に北イスラエルに遣わされた預言者です。彼は、結婚によって悲劇的な経験をします。妻の不倫です。最初、その妻を律法に従って裁かなければならないと苦しみました。その時、神の言葉が臨みます。「行け、夫に愛されていながら姦淫する女を愛せよ。…主が彼ら(イスラエル)を愛されるように」(3:1)。ホセアはこれに従うことで、結果、神の心にある痛みを自らも体験することになります。
 イスラエルの民は神の愛する花嫁です。その花嫁が夫である主を捨て、他の神々の許へと走ってしまう。しかも一度ならず繰り返してです。神の心は激しく痛みます。誓約を破った花嫁イスラエルを、神は離縁されるのか。決してそうはされません。なぜか。イスラエルを愛していたからです。愛しているがゆえに、神ご自身が痛み苦しむ。その結婚の契約に忠実であるがゆえに、焼かれるような思いをもってイスラエルの悔い改めを待つのです。
 ホセアも、淫行を重ねる妻との関係を通して、神の、愛ゆえに経験する嘆き、呻きを思い知らされます。
 ところが、花嫁である神の民はこれほどの神の愛を理解しません。そればかりか本当に自分勝手な歩みをし、そのために今にも滅んでしまいそうになります。神はそんなイスラエルをご覧になって、一度は滅びるがままにしようと思われるのですが、しかしそう思った瞬間に、もう居ても立ってもいられなくなり、「ああ、エフライムよ/お前を見捨てることができようか。/イスラエルよ/お前を引き渡すことができようか。/アドマのようにお前を見捨て/ツェボイムのようにすることができようか。/わたしは激しく心を動かされ/憐れみに胸を焼かれる」(11:8)と叫ばれます。
 ここに出て来るアドマ、ツェボイムというのは、ティルス、シドン、ソドム同様、町の名前です。すでに滅んでしまった町の名前です。神は、すでに滅んでなくなってしまった町を、一つひとつ思い起こしながら、愛するイスラエルが同じように滅んでいくのを黙って見ていることはできない、と言われるのです。
 イエスさまの厳しい言葉もまた、人々が「飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」、あの激しいほどの愛ゆえの告発の言葉でした。

■愛による悔い改め
 21節に出てくるティルスとシドンは、地中海に面するフェニキアの港湾都市で、古くから繁栄をきわめていました。預言者(イザヤ23; エゼキエル26-28)によれば、裁かれ滅ぼされるべき腐敗の町です。その堕落した町々でさえ、もし、イエスさまがそこで宣教なさったならば、「とうの昔に粗布をまとい、灰をかぶって悔い改めたにちがいない」と言われます。審きの日には、コラジンやベトサイダより彼らの受ける罰の方が軽いだろうとまで言われます。
 23節のソドムもまた、その罪のゆえに硫黄と火によって壊滅させられた町でした(創世紀19)。神の審きによって滅びに引き渡されるものの典型、代表として、世々語り伝えられてきた町です。ところが、イエスさまにとって「自分の町」であるはずのカファルナウムが、そのソドム以上の厳しい裁きを宣告されます。
 「カファルナウム、お前は、/天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ」
 この言葉は、バビロンの王ネブカドネツァルの失墜を預言するイザヤ書の言葉を引用したものです。
 「ああ、お前は天から落ちた/明けの明星、曙の子よ。…かつて、お前は心に思った。『わたしは天に上り/王座を神の星よりも高く据え/神々の集う北の果ての山に座し/雲の頂に登って/いと高き者のようになろう』と。しかし、お前は陰府に落とされた/墓穴の底に」(14:12a,13-15)
 ネブカデネツァルは、紀元前598年にエルサレムを包囲攻撃し、翌597年にこれを陥落させて、その民の主な人々をバビロンへと捕え移した王です。その強大を誇った王の最後がここに告げられています。
カファルナウムの破滅が彼の王の最後と対比されているのを見るとき、この警告がいかに重い言葉であったかが分かります。
 カファルナウムは、この地域の中心都市でした。ソドムのように堕落していたのでしょうか。それとも、周辺地域に知れ渡った、預言者、霊能者、「神の人」イエスの町だということで、その教えには従わなかったにもかかわらず、人々は「天にまで上げられる」と思うほどに驕り高ぶっていたのでしょうか。
 そのいずれにせよ、イエスさまが願ったのは、そのようなことではありませんでした。イエスさまを通して、具体的に現わされた神の愛の御業に触れたのであれば、人々は真実に神に向かうべきでした。生き方が変わるべきでした。それこそが、まことの悔い改めでした。
 「放蕩息子のたとえ話」を思い出してください。
 地平線の彼方から、すべての持ち物を失い、ぼろきれのような着物を着て、腹を空かせた「放蕩息子」がよろめくようにして姿を現わします。すると、この父親はいち早く、それがわが子であることに目を留め、自分の方から駆け寄り、息子を抱きしめ、そしてその子に何も言わせず、僕(しもべ)たちに向かって「すぐに宴会の支度をするように」と命じています。
 イエスさまは、遠くから駆け寄って抱き締める、この父親の姿を通して、神がどのような方であるかを教えようとしています。わたしたちがどんなに罪深く、堕落した者だったとしても、父なる神はそんなわたしたちをどこまでも心配し、わたしたちが立ち帰りさえするならば、いつでも喜んでわたしたちを受け入れてくださるお方なのです。わたしたちが、父なる神の御手が働いていることに気づく前に、そしてわたしたちが悔い改める前に、神はわたしたちを赦す用意をして待っていてくださるのです。
 このたとえは、父親の「愛」が先行し、その「赦し」の中で、後から「罪」深い息子の「悔い改め」の言葉が語られていく様子を描き出しています。
 神の愛がすべてに先行するのです。
 この愛にすがって神に立ち帰ること、それこそが、イエスさまの教えてくださる悔い改めでした。
 激しい糾弾の言葉は、イエスがもうこの町々を見限ったとも取れます。しかし、決してそうではありません。見限ってしまいたいとさえ思いつつ、なお、ガリラヤの人々を愛してやまない、イエスさまの呻きと悔い改めへの呼び求めを、ここに聞くことができます。
 クリスマスの季節は、わたしたちの罪を、わたしたちよりも、もっと深く嘆き、悲しみ、呻いていてくださる方を想い起し、待ち望む時です。わたしたちの滅びをはっきり見据えていてくださる方が、その滅びの中に踏み込み、滅びしかないわたしたちのところに近づいて来て、「恐れることはない」と言ってくださるために来てくださるのです。
 その時にこそ、わたしたちは、深い罪から解放されるのです。
 新しい年も、御子イエス・キリストの救いの御業、そこに表わされたこの愛を心から信頼し、このお方に従って歩んで行きたいと願います。