■なぜ苦しむのか
世界には多くの宗教があります。そして多くの人が宗教に求めることは、苦難からの解放、平安ではないでしょうか。人生には、いろいろな苦難や災難があります。苦しみや悲しみを味わったことがない人など何処にもおられないでしょう。わたしたちはできるだけ、そういうものに縁のない人生を送りたいと願っています。しかし苦難や災難は自分の注意や努力だけでは防ぎようがないものです。そのような災いに遭わないようにと神に祈る、これが古今東西の宗教を信じる人々が行ってきたことでしょう。
逆を言えば、宗教を信じて神を熱心に拝んでいるのに災難続きの人生を送っている人がいれば、その宗教にはご利益がないと見られるかもしれません。あるいは、その宗教自体には確かにご利益があるのだけれど、信者の信仰、生活態度に問題があるから災難に遭うのだ、という見方もあります。一見信心深く装っているけれど、その裏では神に献げるべきものを、自分の楽しみのためだけに使っている人がいたら、どうでしょうか。その人は天罰を受けて災難に遭うに違いない、とは思わないでしょうか。
このことが、旧約・ヨブ記で問われていました。ヨブという人は信心深く、行いの正しい人だったので、神は彼を大いに祝福していました。しかしそのヨブに突然、様々な艱難辛苦が襲いかかります。ヨブは正しい人だから神に守られるはずなのに、どうしてこんな苦しみばかりが襲ってくるのか、なぜ神はヨブを守ってはくださらないのか、と周囲の友人たちは驚き怪しみます。そして彼らが下した結論は、ヨブは一見品行方正に見えるが、隠れたところで罪や過ちを犯しているのだ、だから彼は天罰として恐ろしい苦しみに遭っているのだ、というものでした。ヨブはそんな人ではありませんでしたが、神は正しい人を守ってくれるはずだという信念を抱く友人たちは、そう考えました。
パウロの場合もそうでした。彼の伝道活動には、いつも苦難が伴っていました。それを見た人たちは「あのパウロという人は、自分は神から遣わされたと言っている。それならどうして彼はあんなひどい目にばかり遭うのか。なぜ神はパウロを守らないのか」と思うようになります。
そのうち「パウロはわたしたちの献金をだまし取っているのではないか」などと言い出す人も出てきました。パウロは、マケドニアの教会―フィリピやテサロニケの教会から献金を受け取りながら、コリント教会からはなぜか献金を受け取ろうとはしませんでした。そのパウロがわたしのためではなく、エルサレム教会のために献金をしなさいと盛んにコリント教会の人たちに勧めます。それを聞いて、自分は献金を受け取らない、あなたがたに重荷を負わせないためだ、などと何だかイイ格好をしているが、実はエルサレム教会を隠れ蓑にして、自分のためにお金を集めているのではないか、そう勘繰る人たちが出て来たのです(12:16)。パウロは詐欺まがいのことをして神の怒りを買い、だからあんなに苦しんでいるんだ、そんな勝手な解釈をする人たちが現れたのです。
それでパウロは、ここで自分の苦難の意味について語ろうとします。
■トロアスからマケドニアへ
パウロはまず、直近の自分の行動について説明します。これまでお話ししてきたように、パウロは伝道旅行の計画を何度も変更しています。彼が伝道計画を変えた最大の原因は、コリント教会の中に、パウロに対して悪意を持って中傷する信徒たちがいたためでした。テモテからの知らせを受けて、慌ててコリント教会に駆け付けたパウロですが、彼に対するコリント教会の信徒たちの態度はあまりにひどいもので、エフェソに帰らざるを得なくなります。
もちろん、パウロもこのままでいいと思っていたわけではありません。コリントの信徒たちに猛省を促すために、パウロはエフェソでコリント教会宛の手紙を書きます。現在この手紙を読むことはできませんが、パウロは4節に「わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙を書きました」と記しています。パウロはこの手紙を受け取ったコリント教会の人たちが心から悔い改め、態度を改めて、再びパウロを迎え入れてくれることを願って、テモテではなく、もう一人の同労者テトスにこの涙の手紙を託し、コリント教会に送り出したのでした。
ところが、そのテトスがなかなか帰って来ません。電話も何もない時代です。コリントの様子が分かりません。そこでパウロはエフェソを離れ、北上してトロアスというところまで行きます。テトスがコリントから陸路、マケドニア経由で帰って来るなら、トロアスに行った方が早くテトスに会える、そう考えてのことでした。待つ間も、トロアスでの伝道は順調に進み、人々はパウロの語る福音に耳を傾けてくれました。
しかし、ここでもテトスに会えません。パウロはトロアスでの伝道に手ごたえを感じつつも、居ても立っても居られず、さらに北上してマケドニアへと向かいます。そうして、やっとテトスに会うことができたのでした。
パウロはコリント教会のことをテトスから聞きました。彼によれば、多くの人たちは悔い改めたとのことでした。そしてコリントの信徒たちは、パウロに暴言をぶつけた信徒を処罰し、パウロと真剣に和解したいと願っているとのことでした。この知らせ聞き、パウロは喜び、神に感謝します。
■死の行進になぞらえる
しかしここで、パウロは何とも不可解な表現で語り始めます。14節、
「神に感謝します。神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ、わたしたちを通じて至るところに、キリストを知るという知識の香りを漂わせてくださいます」
「神は、わたしたちをいつもキリストの勝利の行進に連ならせ」とあります。プロ野球で優勝した球団や、オリンピックで金メダルを取った選手たちが優勝パレードをしますが、その華やかなパレードの一員にパウロたちも加わった、そんな情景を思い浮かべるかもしれません。しかし、事実は全く違うようです。ここでパウロが語っていることは、第一の手紙4章9節のことです。
「考えてみると、神はわたしたち使徒を、まるで死刑囚のように最後に引き出される者となさいました。わたしたちは世界中に、天使にも人にも、見せ物となったからです」
パウロは、ローマ軍による勝利のパレードのイメージを用いて語っています。ローマ帝国では、敵に勝利するとローマで凱旋パレードをします。そのパレードの最後、しんがりには敗軍の将たちが見せ物として連なります。彼らはローマの神々へのいけにえとして殺されるか、奴隷として売られます。彼らは戦に敗れただけでなく、辱めを受けるためにパレードに加わるのです。パウロはこの敗軍の将たちのように、自分たちもイエス・キリストにあって屈辱を受けるために死の行進に加わっているのだ、と言うのです。
しかもパウロは、ここで神に感謝しています。そんな屈辱のパレードに加わることが、どうして神への感謝に結びつくのでしょうか。パウロの真意とは何でしょうか。パウロは今、自分たちの苦難に満ちた伝道のための道程(みちのり)を、屈辱のパレードを歩かされる人たち、彼らを待ち受けるのは死なのですが、その彼らの死の行進になぞらえているのです。 Continue reading →