福岡県北九州市にある小倉東篠崎教会

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今週の教え - Page 4

9月17日 ≪聖霊降臨節第17主日/敬老祝福「家族」礼拝≫『愛の後ろ姿』イザヤ書46章3~4節、コリントの信徒への手紙二 6章1~10節 沖村 裕史 牧師

■葉っぱのフレディ

 敬老の日が近づくと祖母のことを思い出します。祖母はいろんな物語を聞かせてくれました。特にお気に入りの話は何度でも聞きたくて、「肩たたき」をしては、せがんでいました。そのわたしがいつのまにか、こどものため、そして今は、孫たちのために話をします。わたしの得意な話のひとつは、「葉っぱのフレディ」。そこに、こんな場面が出てきます。

 …ある日、 とてもおかしなことがおこりました。いままでダンスにさそってくれていたそよ風が、葉っぱのつけねをぐさぐさとゆさぶりはじめたのです。…葉っぱのなかには枝から引きちぎられて風に舞い、あちらへ投げられ、こちらへほうり出されては、ふらふらと地面に落ちていくものもでてきました。

 葉っぱという葉っぱはみんな おびえだしました。

 「いったい、なにがおこっているんだろう?」

 おたがいに ひそひそとたずね合いました。

 「これは、秋になるとおきることなんだよ」

 みんなにこう教えたのは、ダニエルでした。

 「葉っぱのぼくらがすみかを変えるときがきたんだよ。なかにはこれを “葉っぱが死ぬときだ” なんていう人もいるけどね」

 「ぼくたちは、みんな死ぬの?」フレディはもうびっくりぎょうてんです。

 「そうだよ」、とダニエルが答えました。

 「どんなものでも、かならず死ぬんだ。どんなに大きくても小さくても、どんなに強くても弱くてもね。ぼくらはまず、自分のつとめをはたす。お日さまの光をあびて、お月さまの光につつまれる。風にふかれて、雨に洗われる。みんなでダンスをおぼえて、みんなで笑う。そして死んでいくんだよ」

 「ぼくは死なないぞ!」フレディはきっぱりと言いました。

 「きみはどうするの、 ダニエル?」

 「ぼくは死ぬよ。そのときがきたらね」

 「それはいつくるの?」フレディは気が気ではないようです。

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9月10日 ≪聖霊降臨節第16主日礼拝≫『キリストに抱かれて』コリントの信徒への手紙一 3章1~9節 沖村 裕史 牧師

 

■霊の人と肉の人

 パウロがここで「あなたがたには乳を飲ませ、固い食物を与えなかった」と語っているのは、いったいどういうことなのでしょうか。

 そのことを考えるヒントとなるのが、2節後半の言葉です。あなたたちには乳を飲ませて、固い食物は与えなかった。それは「まだ固い物を口にすることができなかったからです。いや、今でもできません」とあります。あなたたちは今でもまだ、固い物を食べることができない。あなたたちが信仰者となり、この教会が生まれてから、もうずいぶんと時が経つのに、いまだに乳飲み子のままで固い物を食べることができないでいる。あなたたちは成長できていない。パウロはそう言います。

 そう言いながら、パウロが見つめているのは、3節のことです。

 「相変わらず肉の人だからです。お互いの間にねたみや争いが絶えない以上、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいる、ということになりはしませんか」

 「肉の人」という言葉は、一節にもありました。「肉の人、つまり、キリストとの関係では乳飲み子である人々」。「肉の人」とは、まだ固い物を食べることのできない乳飲み子のことです。そして、その「肉の人」が「霊の人」との対比で語られています。「肉の人」と「霊の人」とは、2章14節以下の「自然の人」と「霊の人」のことです。「霊の人」とは、神からの霊、聖霊を受けて、神の恵みを知らされている人ということでした。それに対して「自然の人」というのは、神からの霊を受けておらず、従って神の恵みを悟ることができずにいる人のことです。口語訳聖書の「生れながらの人」です。人間は誰もが元々は「自然の人」で、神の恵みがわかっていませんでした。そこに神からの霊が与えられることによって初めて、神の恵みを知ることができるようになった。それが霊の人です。

 「肉の人」とは、この「自然の人」のことです。生まれながらの普通の人間ということです。3節に、肉の人は「ただの人として歩んでいる」とあります。「ただの人」とありますが、「ただの」という言葉は原文にはありません。直訳すれば「人として歩んでいる」です。生れながらの普通の人間のままに生きている、それが「肉の人」です。

 

■ねたみ争い

 では、肉の人、生れながらの人間であるということが、どこに表われるのか。「お互いの間にねたみや争いが絶えない」ことの中に、です。

 パウロがこの手紙を書き送った第一の理由はここにありました。4節にも記される、分裂と争いがあるということこそ、あなたたちがまだ肉の人であり、乳飲み子のような状態に留まっているということだ、そう言います。

 ここでパウロが、この党派争いのことを「ねたみや争い」と言っていることに注目してください。党派を結んで対立し合っていくことの根本には、「ねたみ」の思いがあるものです。ねたみとは、人をうらやむ心です。人が自分よりもよいものを持っていると面白くないという心です。それはお金や持ち物だけのことではありません。才能、財力、あるいは家庭環境、性格、健康など、あらゆることに及びます。とにかく、人が自分よりも勝っている、優れていることが腹立たしいという思いです。自分がその人よりも劣っていることを思い知らされ、プライドを傷つけられるからです。

 誰もがプライド、誇りをもって生きています。それを自分の心の拠り所としています。そのプライドを傷つけられることは、その人にとってナイフで切りつけられるよりも大きな苦痛となります。人を殺すのにナイフは要りません。拠り所としている誇り、プライドを徹底的に否定すればよい。それは、その人を殺すことと同じです。人はそのようなプライド、誇りに生きています。そこに、ねたみが生まれます。

 そういう思いがねじ曲がった仕方で、人と人とが結びついていきます。そこでは、自分のプライドが守られ、満足するようなグループが作られます。それが党派です。そういう党派は必ず閉鎖的になります。よそ者が入って来て、自分たちのプライドが傷つけられることを嫌います。自分と違う意見が語られると、プライドを傷つけられ、人格を否定されたかのように感じてしまい、些細な違いがプライドとプライドの衝突の原因となります。プライドによって結び合う党派は、他のプライドによって結び合う党派と対立し、そこに「争い」が生まれます。そんなグループ同士の対立、争いがコリント教会にあったのでしょう。

 パウロは、そのようなねたみや争いがあるということは、あなたがたが肉の人であり、乳飲み子の域を脱していないからだ、と言います。自分のプライドにこだわり、「ねたみや争い」に陥っていくのは、生れながらの人間の姿そのものです。神の霊を受け、信仰を与えられて生きる者は、そのようなことから解放され、新しくされているはずだ、パウロはそう言うのです。

 

■十字架の愛を知るなら

 信仰者はねたみや争いから解放される。これは、信仰者たる者、自分の心を磨き、人のことをねたんだり争ったりしない者になるべきだ、という道徳的な教訓の話ではありません。パウロが問題としているのは、そうした人間的な努力のことではなく、コリント教会の人々が、神からの霊によって示される神の恵みを、本当に自分のこととして受けとめていない、そのことです。

 神からの霊によって示される神の恵みとは、これまで繰り返し語られてきた、十字架につけられたキリストという恵みのことです。神がその独り子をこの世に遣わしてくださり、その十字架の死によってわたしたちすべての罪を赦し、贖ってくださったという恵みです。神がそれほどまでにわたしたちを愛していてくださっているという恵みのことです。

 この恵みが本当にわかる時、わたしたちは、ねたみの思いから解き放たれます。プライドにこだわる必要がなくなるからです。わたしたちを愛し、わたしたちの罪を背負って、いのちを捨ててくださった方の中に、真実の拠り所、確かな支えを見出すことができるからです。キリストの十字架に示された神の愛を本当に知った者には、拠り所、支えを自分自身の中に確保しておこうとする必要などありません。と同時に、どちらがより優れているかと、自分と人とを比べようという思いからも解放されます。自分より優れた、よい賜物を持ち、よい働きをしている人を、自分のプライドが傷つけられるという思いで見るのではなく、その人の働きを喜び、感謝して受け入れる者とされます。それは、自分の努力によってそうするというのでなく、イエス・キリストの十字架の恵みを本当に自分のこととして受け取ることで、わたしたちはそのように新しくされていくのです。

 コリント教会の人々は、この新しさに生きることができていませんでした。そのために、ねたみや争いが起こり、党派の対立が起こってきたのです。そのような状態を指してパウロは、あなたがたはまだ乳飲み子で、乳しか飲むことができない、固い物を食べることができない、と言っているのです。

 パウロは、キリストの十字架による神の恵みを繰り返し、繰り返し語りました。十字架の恵みとは別の、何かもっと分かりやすい、初心者向きの教えを語っていたというのではありません。ということは、乳を飲んでいるというのは、同じキリストの十字架による神の恵みが語られているのに、それが聞く人自身のものになっていない、その人の生き方を変えるようなものになっていない、その状態を指していることになります。とすれば、乳と固い食物の違いは、語られていることの違いではなく、それを聞き、受けとめる側の違いによって生じてくる、ということになります。問題は、わたしたちがみ言葉をどう聞き、どう受けとめているか、ということでした。 Continue reading

8月27日 ≪聖霊降臨節第14主日礼拝≫『後ろのことは忘れて』フィリピの信徒への手紙 3章4~14節 沖村 裕史 牧師

 

■放蕩息子

 今日の言葉は、パウロという人が自らの「回心」の体験を思い起こしながら書いている個所です。「回心」。この言葉を耳にする時、聖書に少しでも親しんだ人なら先ず思い起こすのは、ルカによる福音書15章の「放蕩息子のたとえ」ではないでしょうか。

 そのたとえは、こう語り始められます。「ある人に二人の息子がいた」。登場人物は「ある人」と呼ばれる父親と「二人の息子」です。息子の一人、弟が父親に言います、将来、自分が受け取ることになっている財産を今ください、と。父親が死んだら相続することになっている遺産を前もってくれというのですから、ずいぶんな物言いです。しかし父親は言われるがままに財産を分け与えます。息子はその財産を受けとるや否や、さっさとお金に換え、父親からできるだけ遠く離れようとするかのように旅立ちます。自分の好きなように生きたかったのかもしれません。

 念願かなった彼は、遠い国で「放蕩の限りを尽くして、財産を無駄遣いして」しまいます。すべてのものを失ったとき、飢謹が襲います。不幸は重なります。食べ物にも窮(きゅう)し始めた彼は、知人に助けを求めます。知人は彼を、豚小屋に送り込みます。豚はユダヤ人たちにとって汚れた動物で、豚飼いというのは最も忌み嫌われる、絶対にしたくない仕事のひとつです。知人は彼を憐れんだのではなく、厄介払いをしたのでしょう。エサに群がる豚の姿が羨(うらや)ましいほどの境遇でした。豚小屋という屋根のある住居を与えられはしましたが、食べ物をくれる人は誰ひとりいません。まさに落ちるところまで落ちたのでした。

 そこで、「彼は我に返っ」た、とあります。

 「父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください』と」

 こうして息子は父親のもとに帰って行きます。

 このたとえ話の父親とは神様です。父なる神。そして息子はわたしたち人間を指しています。

 さてこの息子、「我に返って」と言われていますが、何かよいことをしたというのではありません。父親からゆずり受けた財産を放蕩に使い果たし、無一物になって食い詰めて、前途に一片の可能性もなくなり、言わば、どん底まで落ち込んで、ようやく父親のことを思い出したのです。

 わたしたちの経験からすれば、「本当に悪かったと思っているのか」「本当に反省をしているのか」と言われてもおかしくないところです。同情の余地など、これっぽっちもありません。

 

■父の愛ゆえに

 そんな息子を、父親が「先に」見つけます。

 「彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した」

 驚きです。「まだ遠く離れていたのに、父親」が息子を見つけたということは、父親が待っていた、ずっと待ち続けていた、ということです。息子が離れて行ったその日から、去って行ったその方角をずっと見つめ続け、その帰りを今日か今日かと待ち続けていたのです。悔い改めの言葉を口にしようとする息子の言葉を遮(さえぎ)るようにして、わが子の変わり果てた姿を「憐れに思い」、走り寄って、抱きしめます。悔い改め、謝罪などどうでもよいのです。帰って来たわが子、もうだれにも渡すものか。常識では考えられない、あり得ない姿です。この父親、どこまで甘いんだ、愚かだ、親馬鹿だ、と世間から嘲笑(あざわら)われるような姿です。

 しかしイエスさまは、父なる神はこのような愛をもってあなたを愛しておられる、この愛を信じることこそが信仰なのであり、そこにこそあなたがたの救いがある、そう言われるのです。自分はもう駄目だと思っている「あなた」、自分にはもはやどんな未来もあり得ないと思っている「あなた」、そのあなたも「帰ることができる」、そんなあなたをこそ「待っている父なる神がおられる」、そう語りかけられるのです。

 これこそ、まことの「回心」の物語だと言われます。そして回心とは、自分の過ち、罪に気づき、そのことを悔い改めて、神に立ち帰ること、生き方をそれまでと180度転換して、神の愛に心を向けることだ、と言われます。わたしたちが、悔い改め、立ち帰り、向きを変えることだ、と。

 しかし、今ここでイエスさまが教えておられることは、この理解しがたい、驚くべき父親の愛があればこそ、放蕩息子は「立ち帰ることができた」のだ、ということです。

 人は誰も、よいことと思って、他人(ひと)に後ろ指を指されるような生き方をしているわけではありません。自分の生き方が非難に値する生き方であり、他人に迷惑をかけるばかりか、自分としてもそうしていてはみじめな気持しか持てないことを百も承知の上で、しかし、ちょうど蟻地獄に落ちこんだ蟻のように、どうしてもそこから這い出すことができないで、ただ昨日の続きとして今日を生きるほかないのです。

 そういう人が、そんなだらしのない自分にも、 Continue reading

8月20日 ≪聖霊降臨節第13主日礼拝≫『行きなさい、と送り出される道』マルコによる福音書 10章46~52節 井ノ森高詩 役員

 

 イエス様御一行がエリコの町に到着するところから今日の聖書箇所は始まります。エルサレムから北へ26キロ、海抜マイナス250mのこの町に、イエス様が立ち寄られたのは、いよいよエルサレムに入場される直前のことです。この後の11章でエルサレムに入場されたイエス様は、14章で逮捕され、15章で十字架につけられ、16章で復活なさいます。

 イエス様から癒された人物の名前が具体的に紹介されることはほとんどありませんが、珍しくマルコ福音書10章のこの盲人の名前は、はっきりとバルティマイと記されています。マタイの20章とルカ18章にも同じような盲人の癒しの話が登場しますが、バルティマイという名前はこのマルコ福音書にだけ記されています。バルティマイとはティマイの子を意味するらしいので、バルは「~の子」という意味でしょうか。ではティマイはというと、汚れたとか罪深いという意味らしいのです。「罪の子、汚れた子」とはまた、ひどいネーミングですが、マルコがその名をわざわざ記したのには理由があったのでしょう。

 さてバルティマイは道端に座っていました。道端に目が見えない人が座っているということは、つまり障がいを持った人が、メインストリートを歩けないでいる、多くの人々に出来るはずのことが出来ないでいるということです。来る日も来る日も、同じ場所でじっと座ったまま物乞いをするほかない生活を送っていたということです。そのバルティマイが、イエス様に「憐れんでください」と言い始め、周囲の多くの人々に叱られ、黙るように言われても、ますます声を大にして「憐れんでください」と叫び続けます。「主がお呼びだ」と聞くと、上着を脱ぎ棄て、躍り上がってイエス様のところに来たのです。上着がこのバルティマイにとって何であったかというと、昼はその上着を座布団替わりにクッションとしてその上に座り、夜はその上着に身を包んで寒さをしのぐ、おそらく命を支える全財産と言っても過言ではない、大切な持ち物だったに違いありません。その上着を文字通り脱ぎ捨てて、彼はイエス様のもとへとやってくるのです。初対面であろうイエス様に「何をしてほしいのか」と問われ、「目が見えるようになりたいのです」とはっきりと答えます。「いやいや、そんなつもりでは」とか「そんな、もったいない」とか「欲しいものを言ってもいいのでしょうか」などというやりとりはなく、即座に「目が見えるようになりたい」と答えます。イエス様は「行きなさい」とまず仰います。続けて「あなたの信仰があなたを救った」と言われると、バルティマイはすぐ見えるようになり、イエス様に従ったと記されています。

 このバルティマイとイエス様の出会いとやり取りから、私が学んだこと4点を今日は皆さんと共有したいと思うのです。

 まず1点めです。それは、助けは求めていい、ということです。バルティマイ、つまり罪の子、汚れた子でも、「憐れんでください」つまり「助けてください」と声をあげていいということです。叱られ、黙るように言われても、ますます声を大にして「助けて」と叫び続けていいということです。イザヤ書の29章や35章にも助けを求めた人が救われる奇跡が預言されています。「耳の聞こえない者が聞き取るようになる、盲人が見えるようになる、口の利けなかった人が喜び歌う、荒れ野に水が湧き出でる」と記されています。自分の弱点をさらけ出して、助けを求めるというのは、実は難しいものです。遠慮や恥ずかしさ、あるいは諦めもあるかもしれません。私のランニング仲間で視覚障がいの女性は、30歳で視力を失うまでは、テニス、スキー、ドライブを楽しんでいたそうです。しかし多発性硬化症という病気に突然襲われ、しばらくは自力で起き上がれず、何も見えなくなり、失意のどん底にありました。やがて盲学校に通うようになり、鍼灸の資格をとり、盲学校で始めたマラソンにはまり、伴走者の助けを借りてフルマラソンだけでなく100キロマラソン、富士山登頂にも挑戦しました。ところがその後、今度は乳がんを発症するのですが、入院・手術・放射線治療を経て、再びフルマラソンを完走します。視覚障がいランナーと伴走者をつなぐ活動だけでなく、がんサバイバーとして、自らの体験を小中学校、高校で子どもたちに語っています。「自分は目が見えなくなって良かった、見えるままだったら、マラソンにも富士山にも挑戦しなかっただろうし、こんなに多くの人々に出会うこともなかった」とも言っています。盲学校で出会ったご夫君も視覚障がいランナーですが、「彼女は、遠慮せずに、私は●●ができないのですが、誰か助けてくれないでしょうかと、どこでもすぐに声をあげるし、自分だけでなく、周囲の障がい者のための援助もすぐに声をあげて求めるのです。行動力があるんですよね」と言います。自分の弱さを隠さずむしろさらけ出して、救いを求めるのは、難しいことですが、道端で同じ場所にずっと釘付けになっていた人が、大通りを大股で歩く、あるいは走る、人目につかないところで目立たずじっとしていた人が表舞台で活躍することを可能にしてくれるです。

 2点めは、祈ることの大切さです。イエス様とバルティマイとのやり取りにもう一度注目してみます。イエス様の「何をしてほしいのか」という問いかけと、バルティマイの「目が見えるようになりたいのです」という応えです。これは祈りだと思うのです。神様との対話と言ったほうがいいかもしれません。祈りとは、ただぼんやりとした思いではなく、はっきりと言葉で言い表すものだということを、バルティマイは示してくれています。言語化することで自分の考えていることや望んでいることが整理されることがよくあります。しかも聞き手がいるときのほうが整理されます。一人でボヤっと悩んでいるよりも誰かに聞いてもらってすっきりするという体験は多くの人に共通するのではないでしょうか。祈りも同じだと思うのです。いかがでしょう。バルティマイの叫びは祈りだったのです。この祈りの大切さは、来週の礼拝後の信徒研修会で皆さんとご一緒に深められれば幸いです。

 3点目は、バルティマイが上着を脱ぎ棄てたタイミングから学びました。先ほど申し上げたように、バルティマイにとって全財産と言ってもいい上着をバルティマイが脱ぎ捨てたのは、目が見えるようになってからだったでしょうか。違います。時系列で確認しますと、まず「私を憐れんでください」と叫び、叱られ、もう一度「憐れんでください」と叫び、「主がお呼びだ」と言われ、ここで上着を脱ぎ棄て、イエス様とのやり取りがあり、それから見えるようになったのです。つまり、見えるようになるかどうかわからない時点でバルティマイは全財産を捨て去り、イエス様のもとへ向かったということになります。イエス様の「あなたの信仰があなたを救った」の「あなたの信仰」とは、つまりバルティマイの信仰とは何を指し示すのでしょうか。諦めずに「憐れんでください」と叫び続けたこと、そして上着を置き去りにしてイエス様のところへ向かったことではないでいでしょうか。後から上着を回収するつもりだったのではないかと思うひともいるかもしれませんが、どうでしょう。目が見えなかった人が、大勢の人ごみの中で、自分が元々座っていた場所に戻れるでしょうか。仮に戻れたとして、その場に上着がそのまま残されているでしょうか。ルターの言葉にこういうものがあります。「信仰は海を渡るようなものだ。海を渡るには船に乗らなければならない。船に乗って委ねるしかない。」海を渡る船旅は安全が約束されたものではなかったはずです。実際、西暦1620年メイフラワー号に乗船して新天地北アメリカを目指した人々の多くがアメリカ到着前の船の中で、また到着後の最初の冬を越せずに命を失いました。バルティマイは上着を脱ぎ棄て、船に乗ったのです。対岸にたどり着けるかどうかわからないまま船に乗る決断をしました。委ねる信仰をイエス様に、そして私たちに示したのです。

 最後に4点めです。バルティマイは「行きなさい」と言われたのですが、なお道を進まれるイエス様に従ったということです。「行きなさい」つまり、360度、どこでも自分の行きたい方向へ行きなさい、目が見えるようになってよかったねぇ、さぁ行きなさい、と言われて、私だったらどうしましょう。新幹線に飛び乗って、阪神タイガース応援ツアーに出かけたかもしれません。ところがバルティマイは、道を進まれるイエス様に従ったのです。マタイとルカに登場する名前を紹介されていない盲人も同じようにイエス様に従っています。イエス様がエリコの後に進んだ道とは、エルサレムでの十字架への道です。受難の道です。この後、バルティマイは聖書のどこにも登場しません。彼がどこまでイエス様に従ったのか、それはわかりません。しかし、イエス様を三度否定したペトロの中にも、イエス様の復活を信じられないと言ったトマスの中にも、イエス様や弟子たちを迫害し後に大伝道者へとなったパウロの中にも、バルティマイが示した信仰は生きていたのではないでしょうか。冒頭ご紹介した、バルティマイという名前の意味は、罪の子、汚れた子でした。それは、目が不自由だったこの人物だけでなく、私たちのことを指し示しているような気がしてなりません。マルコがわざわざバルティマイという名前を記したのは、これはバルティマイだけでなく、私の、私たちの、あなたの、あなたがたのストーリーでもあるのですよ、という意図があったのかもしれません。イエス様がなお進んだ道、十字架の受難の道、復活への道へとバルティマイは従いました。バルティマイと同じようにイエス様に救われた人々は、2千年前も、この2千年の間も、そして今も、イエス様に従う道を選んできたのです、そのような生き方があることを世に示しているのです。イエス様の愛に、バルティマイによって示された信仰に感謝したいと思うのです。

8月6日 ≪聖霊降臨節第11主日/平和聖日「家族」礼拝≫『いのちにつながれて』フィリピの信徒への手紙 4章1~7節 沖村 裕史 牧師

 

■オバマ・スピーチ

 「71年前の明るく晴れ渡った朝、空から死神が舞い降り、世界は一変しました。閃光と炎の壁がこの街を破壊し、人類が自らを破滅に導く手段を手にしたことがはっきりと示されたのです」

 これは、7年前のヒロシマで語られたスピーチです。71回目の広島原爆記念日の二か月前、2016年5月27日のことでした。アメリカ合衆国大統領として「初めて」被爆地ヒロシマを訪れたバラク・オバマによる、ヒロシマから世界に向けて語られた「初めて」のスピーチでした。それまでの歴代大統領の誰ひとり、ヒロシマに来て、ヒロシマから語りかけることはありませんでした。いえ、できませんでした。しかしオバマは、ヒロシマを訪れ、そして語りました。それは、2009年にチェコのプラハで、彼自らが「核兵器を使用したことがある唯一の核保有国として行動する道義的責任がある…アメリカが核兵器のない平和で安全な世界を追求することを約束する」と宣言した、その道を求め、実現するためでした。

 印象深いそのスピーチは、毎年8月6日に語られてきた日本の歴代総理の挨拶とは、全く質を異にしていました。歴代総理も、平和への願い、核廃絶への歩みの大切さを繰り返し訴えてきました。しかしそれが、心深くにまで届いて来ることはありませんでした。整ってはいても、当たり障りのない、どこか他人事のような、ただ外に向かってアピールするだけの言葉に思えました。体と心に深い傷を追いつつも、平和を希求してやまない被爆者の切実な願いを、自らのこととして真摯に受けとめ、向き合うものではなかったからです。

 オバマ・スピーチは、それとは全く異なるものでした。

 「なぜ私たちはここ、広島に来るのでしょうか?…私たちは、10万人を超える日本の男、女、そして子どもたち、数多くの朝鮮の人々、12人のアメリカ人捕虜を含む死者を悼むため、ここにやって来ました。彼らの魂が、私たちに語りかけています。彼らは、自分たちが一体何者なのか、そして自分たちがどうあるべきかを振り返るため、内省するよう求めています」(強調、沖村)

 クリスチャンであるオバマが語る「内省」とは、単なる倫理的態度のことではありません。それは明らかに、聖書が「罪」と呼んでいるものに関わる言葉です。オバマ・スピーチは、美しい言葉で飾ることなく、この内省、人間の本質としての罪をしっかりと見据えることから始めています。そこから原爆の出来事、その記憶に向き合おうとします。

 「私たちは、この街の真ん中に立って、勇気を奮い起こして、爆弾が投下された瞬間を想像せずにはいられません。私たちは、目の当たりにしたものに混乱する子どもたちの恐怖を感じないではおれません。私たちは、声なき叫び声に耳を傾けます。…

 単なる言葉だけでは、こうした苦しみを表すことはできません。しかし私たちは、歴史を直視するという共同責任を負っています。そして、こうした苦しみを二度と繰り返さないために、どうやってやり方を変えなければならないのかを自らに問わなければなりません。

 いつの日か、証言する被爆者の声が私たちのもとに届かなくなるでしょう。それでも、1945年8月6日の朝の記憶を決して薄れさせてはなりません。その記憶があれば、私たちは現状肯定と戦えるのです。その記憶が、私たちの道徳的な想像力をかき立てるのです。その記憶が、私たちに変化を促すのです。…」

 戦争の記憶の大切さに言及する言葉です。

 広島の被爆者が書き残したいくつもの手記を、わたしたちは手にすることができます。そこには、死がまるで当たり前のようにして普段の生活を覆い尽くし、日々生きることが奇跡であるかのような、そんな日のことが記されています。原子爆弾によって、放射能の影響によって、言葉にすることもできない苦しみ、悲しみを味わった人々の思いが綴られています。

 大切なことは、被爆によって引き起こされたことがどのようなことだったのか、そして被爆した人たちがどんな思い、どんな願いをもって平和を求め続けてきたのか、何よりもそのことを自分の身に起きたこととして受けとめていくことができているのか、ということです。※(参考、最終)

 平和への道のりが平坦であるはずもなく、わたしたちの罪もまた実に根深いものです。オバマ・スピーチもまた、すべての人々にこう訴えかけます。 Continue reading

7月30日 ≪聖霊降臨節第10主日/招待礼拝≫『手を合わせて祈る』テモテへの手紙一 2章1~8節 沖村 裕史 牧師

■切なる願い

 「まず第一に勧めます。願いと祈りと執り成しと感謝とをすべての人々のためにささげなさい」

 来月27日に予定されている今年の教会信徒研修会のテーマは「祈り」です。祈りは大切だ、信仰生活とは祈ることだと言われます。そして今、パウロが語るこの手紙の冒頭の一節の中に、聖書の教える「祈り」のすべてが含まれています。「願い」「祈り」「執り成し」「感謝」。新約聖書の中で「祈り」と訳される四つのギリシア語が、このたった一節の中にすべて出てきます。

 その第一、最初に挙げられているのが「願い」です。「必要とする」という言葉を語源とする、必要に迫られて神に請い求めることを意味する言葉です。必要に迫られた、切羽詰まった、ギリギリの所での、まさに「切なる願い」です。

 初めて祈ったときのことを思い出します。教会の礼拝に出席するようになってから一年近くが経った頃のこと。青年会に出席すると、三十歳がらみのリーダー役の人がわたしを見つめながら、「そろそろいいかな?! 沖村君、開会のお祈りをしてください!」と一言。有無を言わせない感じでした。頭が真っ白になりながらも、意を決し、祈り始めました。

 「天の神様…」

 そこまではよかったのですが、次の言葉が出てきません。しばらく気まずい沈黙が続き、たまらず「神様、ハジメマシテ!」。そこにいた女子高生たちがクスクスと笑い出し、初めての祈りは終わりとなりました。それでも、ひとりだけ大きな声で「アーメン」と言ってくれた人がいたことが救いでした。

 初めはだれにとっても、祈りはむつかしいものです。教会の礼拝に出て、牧師や役員の祈りを聞くからでしょうか。整ったセンテンス、美しい言葉。悔い改め、感謝、賛美へと続く、破綻のないスムーズな流れ。しばらく教会に行って洗礼を受けても、祈りは苦手という人はいるものです。わたしも祈りは苦手でした。牧師になった今も得意というわけではありませんが、ただ、祈りへのとば口の発見がありました。

 それが、テモテへの手紙一の冒頭のこの一句でした。「願い」。必要に迫られた、切羽詰まった、ギリギリの所での「切なる願い」です。それはむつかしいことではありません。単純なことです。自分の中に祈りたいことはないかということ、祈らないではいられないことはないかということです。

 誰にも、祈らずにはいられないことがあります。生きていれば必ずあるものです。学校のこと。仕事のこと。人間関係。家族の問題。自分自身の問題。飢え渇くような願いや望み。あるいは恨みや辛み。そういうものが渦巻いています。燃えたぎっています。その思いを丸ごと訴える。

 祈りとは、自分の中にある、そんな切実な求めを神に丸ごと投げかけることでした。だから、イエスさまは言われました。

 「求めなさい。そうすれば、与えられる」(マタイ7:7a)

 わたしたちが心から祈り願うことを、神は決して拒んだりなさいません。「求めなさい。そうすれば、与えられる」というこの言葉は、マタイとルカ、二つの福音書に記されています。ルカには、他者の貧しさのために求めるという条件が付けられていますが、マタイには、何の条件もありません。ただ「求めなさい」です。とにかく神に求めて祈ることを、神はよしとしてくださるのだということです。

 祈りは、願い求めること、わたしたちの飢え渇きから始まるのだということです。それで、いいのでしょうか。感謝や賛美はなくて、いいのでしょうか。いいのです。求める人は応えていただけるのです。父となってくださった神は、子としてくださった者の祈りに必ず応えてくださるのです。

 願うことは、叶えられます。願うこと、それが祈りであり、力です。

 

■神に向けて

 しかしその一方で、「ヨハネの弟子たちは度々断食をし、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています」(ルカ5:33)とある「祈り」、これもまた「願い」と同じ言葉なのですが、ヨハネの弟子たちやファリサイ派の人々のその願いを、イエスさまは見せかけの祈りとして手厳しく非難されます。どういうことなのでしょうか。

 その理由が、第二の言葉によって示されています。ここで「祈り」とそのままに訳されている言葉です。これは、「向かって」と「行く、来る」という二つの言葉が一つになって造られた言葉、「近づく」「同意する」を意味する動詞の名詞形です。

 イエスさまは、悪霊に取りつかれた人を癒す時に祈られた後、こう教えられました。「この種のものは、祈りによらなければ決して追い出すことはできないのだ」(マルコ9:29)。「祈りによらなければ」と言われていることは、「神の同意がなければ」とか「その祈りが神に近づき、神に向かうものでなければ」という意味です。

 自分のことを祈り願うことが問題なのではありません。神を信頼し、必ず神が聞き届けてくださると信じて必死に願う時、それは「祈り」となります。しかしそれが、神に向けられず、ただ自分を誇るための、自分に向けられたものであるとき、その祈りが神に届かないのは当然です。その祈りは聞き届けられることはありません。 Continue reading

7月23日 ≪聖霊降臨節第9主日礼拝≫『恐れと不安の中でも』コリントの信徒への手紙一 2章1~5節 沖村 裕史 牧師

■はじめましょう

恐れと不安の中にあるとき、人は、ただうな垂れるばかりになります。しかし、そこにこそ本当の希望が、救いの道が示されます。そう申し上げると、いつも決まって帰ってくる言葉があります。「ああ、あなたはクリスチャンだったね。そんなきれいごと!他人事(ひとごと)だと思って!」。でも、本当のことです。以前、紹介したことのある末盛千枝子さんというカトリックの方が書いた一文をご紹介させてください。

「…2002年の春、長男はスポーツをしているときの事故で、胸から下が一切動かない、何も感じないという脊髄損傷になってしまいました。そのときのことで忘れられないのが、事故から数か月して転院した三つ目のリハビリ専門病院で出会った看護師さんのことです。

息子はほとんど絶望的な不安を抱いて、悲しそうな目をして、じっと耐えている様子でした。私自身も緊張して付き添っていました。病室に入り、しばらく待っていると、中年の小柄ですっきりした看護師さんが現れました。そして、自己紹介をしたあとで、彼女はまっすぐ息子の目を見て、『あなた、これから一生歩けないって自分でわかっているの?』と聞いたのです。

私は心臓が止まりそうでした。怪我をしてからの数か月、そのことはお互いにわかっていたけれど、このように尋ねられたことも、口に出したこともなかったと思います。祈るような気持ちで息子の答えを待ちました。彼は、うっすらと涙を溜めて、ハッキリと『わかっています』と静かに答えました。すると、その看護師さんは『そう、よかった、それなら話は早い。リハビリは本当に辛くて厳しいけれど、一生懸命手伝うから、一緒に頑張ろうね、さあ、はじめましょう』と言ってくれたのです。それから本格的なリハビリが始まりました。

息子は、下半身が一切動かないことに変わりはないものの、いまでは自分で車椅子とベッドの間を移動し、お風呂や洗濯も自分でするようになりました。そして、何よりもすばらしいのは、最近、彼がとてもいい笑顔を見せることです。まるで、一度死んだ息子を返していただいたようです」

「一度死んだ息子を返していただいた」。そんな体験を、パウロもまた味わいました。キリスト教徒たちを激しく迫害していたパウロが、復活のイエスさまと出会い、その罪を問われ、目が見えなくなり、真っ暗闇へと叩き落されました。しかしその闇の中で、パウロもまた「さあ、はじめましょう」と声を掛けられ、その暗い、暗い闇から救い出され、熱い思いをもって新しい道を、福音伝道の道を歩み始めたのでした。今日の言葉は、そんなパウロの体験を背景に語られています。

 

■パウロの伝道

さて、「さあ、はじめましょう」と声を掛けられたパウロは、コリントでの伝道をどのように始めたのでしょうか。1節にこうあります。

「兄弟たち、わたしもそちらに行ったとき、神の秘められた計画を宣べ伝えるのに優れた言葉や知恵を用いませんでした」

「優れた言葉や知恵を用いなかった」とパウロは言います。1章17節の「言葉の知恵によらないで告げ知らせる」と同じ、人間の知恵による巧みな弁舌によらずに伝道した、ということです。これは、負け惜しみの言葉ではありません。パウロという人は、優れた言葉や知恵を用いようと思えばいくらでも用いることができる人でした。彼はユダヤ人の中でも、律法を厳格に守ることに熱心なファリサイ派と呼ばれる人々の中にあって、当時の最高の教育を受けた人でした。そのパウロが、イエスをキリスト、救い主と信じる人々への迫害の先頭に立ち、まさに優れた言葉と知恵をもって、彼らがいかにユダヤ人の伝統を破壊する危険な存在であるかを、人々に説いて回っていました。彼の言葉によって、多くのユダヤ人たちが心を動かされ、クリスチャンは生かしておけないと考えるようになりました。彼は人々を説得し、納得させる弁舌の知恵と力を存分に備えた人でした。

その彼が、イエス・キリストと出会い、信じる者となり、その福音を宣べ伝える者となります。そのとき、彼は優れた言葉や知恵を用いることをやめたのでした。なぜか。続く2節です。

「なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです」

パウロが、優れた言葉や知恵を用いるのをやめたのは、「イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまい」という決意によってでした。コリント伝道はこの決意の下に始められた、パウロはそう告白します。

 

■パウロの決意

それにしても、何とも不思議な決意です。皆さんも可笑しな言い方だとは思われなかったでしょうか。「イエス・キリスト、それも十字架につけられたキリスト以外、何も知るまい」。これが「これ以外、何も語るまい」という決意なら分かります。語ろうと思えばいろいろ語ることはできるけれど、それら一切を省いて、ただ十字架につけられたキリストに集中して、それだけを語ろうと決意した。これなら、すんなりと理解できます。しかし今ここで言われているのは、「十字架につけられたキリスト以外、何も知るまい」です。どうしてそういう言い方をするのでしょう。これでは、新しい知識を一切受け付けようとしない、頑なな姿勢にも思えます。そもそもパウロはすでにいろんなことを知っています。十字架につけられたキリストのことしか知らないで生きることなどあり得ません。すでに持っている様々な知識を捨ててしまうことなどできるはずもありません。これはとても奇妙で、無理のある言い方です。

それでもパウロは、「これ以外、何も語るまい」ではなく、「これ以外、何も知るまい」と言う外なかったのです。「これ以外、何も語るまい」とは、話のネタ、自分の中に引き出しがたくさんあって、その中からどの引き出しを開けて話をしようかということです。しかしパウロのこの決意は、そういう取捨選択の問題ではありません。何を語るかという語り方の問題ではなく、生き方の問題として、生きるギリギリのところで、「十字架につけられたキリスト以外、何も知るまい」という決意がなされたということでしょう。この決意はパウロ自身の生、生き方の根本に関わるものでした。

およそ「知る」という言葉は、聖書では、人間の生き方の深みに関わる言葉でした。聖書辞典に「知ることは(主を)信ずること、また(主と)一つに結ばれることと切り離せない」とあります。「知る」とは、単に知識を得るということではなく、何を信じ、何に依り頼んで生きるか、あるいは誰と出会い、誰と共に生きるか、ということでした。パウロはイエス・キリストと出会い、信じる者となり、その福音の伝道者となったとき、それまで持っていたいろいろな知識に加えて、イエス・キリストというもう一つの知識を得て、また一つ賢くなったというのではありません。そうではなく、彼の生き方の根本が変わったのです。これまで知っていたことのすべてが無に等しく思え、何を知って生きるかが変わったのです。その新しさをもって、彼はコリントで伝道を始めたのでした。

 

■衰弱、恐れ、不安

その新しさとは、どのようなものか。それを知る手がかりが、続く3節にあります。

「そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」

この言葉はしばしば、使徒言行録17章から18章に語られるパウロのコリント伝道のときの事情と結びつけて理解されます。パウロはコリントに来る前に、アテネで伝道をしていました。その時、アテネの哲学者たちを相手に、彼らの言葉、哲学の言葉も引用しながら、言わば弁舌巧みにキリストを伝えようとしました。しかしパウロの話がキリストの復活のことになると、彼らはパウロを相手にせず、「いずれまた聞かせてもらおう」と軽くいなされてしまいます。パウロは、深い挫折感を抱いてコリントへやって来ていたのだ、それが3節の言葉の意味だ、そう説明されてきました。

しかしパウロの決意は、アテネでうまくいかなかったから、コリントではやり方を変えてやってみよう、というようなことではありません。「衰弱していて、恐れに取りつかれ、ひどく不安でした」というのも、アテネで失敗したからではなく、むしろパウロの伝道にはいつも、この衰弱と恐れと不安がつきまとっていました。

その一つに、パウロ自身が抱えていた肉体的な弱さがあります。具体的にはわかりませんが、何らかの肉体的な問題、病気を抱えていたらしいことが、他の手紙から分かっています。彼はそれを、自分の身に与えられた「とげ」と言い、それを取り去ってくださるように熱心に神に祈った、すると神から、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」という言葉が与えられた、と語っています。確かに、そういう肉体の弱さを彼は背負って生きていました。

しかしそういう弱さだけが、この衰弱、恐れ、不安の原因なのではありません。なぜなら、イエス・キリストを信じる以前の、迫害者だった頃の彼には、そうした衰弱、恐れ、不安が全く感じられないからです。彼の衰弱、恐れ、不安は、彼の体の弱さからと言うよりもむしろ、彼が信じ、それによって生き、それを宣べ伝えている―キリストの福音によってもたらされている、と言えるのではないでしょうか。十字架につけられたキリストを信じ、そのキリストに依り頼み、そのキリストを宣べ伝えている―そのことが、衰弱と恐れと不安を、彼にもたらしていたのではないでしょうか。

 

■喜び、平安、希望

「えっ?それはちょっと…」、そう思われた方がおられるかもしれません。イエス・キリストを信じ、依り頼み、共に生きていくことが、どうして衰弱と恐れと不安をもたらすのか。それは、喜びと平安と希望をもたらす福音―喜びの知らせのことではないのか。そう思って信じているのに、それを求めるからこそ、礼拝に来ているのに…と。

けれども、イエス・キリストを信じる信仰とはそういうものであることを、わたしたちは知っておかなければなりません。この信仰に生きるということは、イエス・キリストを、それも十字架につけられたキリストを知り、信じ、共に生きることだ、とパウロは繰り返し教えています。十字架につけられたとは、死刑になったということです。生かしておけない罪人として人々から見捨てられ、拒絶され、殺されたのだ、ということです。侮蔑と恥辱に晒されたそのイエスを救い主と信じ、依り頼み、共に生きることが、ただちに喜びや平安や希望をもたらすのではありません。それは、自分がより立派になったり、高められたり、優れたよい働きができるようになったり、人々から認められ尊敬される者になったりするようなことではないからです。

むしろ十字架のキリストによって、わたしたちは自分自身の罪をはっきりと示され、知らされることになります。しかもそれが、わたしたちの努力や精進によっては解決しない、神の独り子イエス・キリストの十字架の死によってでしか、赦されることのないほどに深い罪であることを示され、知ることになるのです。

そう、十字架につけられたキリストは、わたしたちの自尊心、プライドを徹底的に打ち砕くのです。十字架につけられたキリストを知るということは、自分のプライド、誇りを否定されることです。それは、わたしたちにとって苦しいこと、恐しいこと、不安なことです。わたしたちは誰でも、自分の何らかのプライドにすがりついて生きています。他のことは駄目でも、これだけは…という誇り、プライドを持って、あるいはそれを持とうと、必死になって生きています。それを失ったら、自分を支えている土台がなくなってしまい、暗闇の中に真っ逆さまに落ちていってしまうのです。

イエス・キリストとの出会いによってパウロが体験したこと、目が見えなくなったということは、まさにそういうことでした。彼はそれまで、ファリサイ派の若きエリートとして、人々から将来を嘱望され、意気揚々と歩んでいました。彼を支えていたのは、神の律法を何の落ち度もなく守っているわたしは正しい者だ、という自信と誇りでした。そのように生きていた彼に、衰弱や恐れや不安など無縁のものでした。

しかし、あのダマスコへの道で復活されたイエス・キリストと出会い、自分が神の遣わされた救い主に敵対し、神の民の群れを迫害していたのだということを知らされたとき、彼は、それまで自分を支える確固とした土台だと思っていたものが、ガラガラと音をたてて崩れ去るという体験をしたのです。自分の誇り、プライドの土台が崩れ去り、奈落の底に落ちていくのを感じたのです。

そしてその時にこそ、彼はそんな自分をこそ支えてくださるイエス・キリストと出会ったのです。イエス・キリストが、神に敵対していた自分の罪をも、すべて背負って十字架にかかって死んで、赦してくださっている。その恵みが自分を支えていることを知った Continue reading

7月16日 ≪聖霊降臨節第8主日礼拝/地区講壇交換≫『一緒に喜んでください』ルカによる福音書 15章1~7節 中村 和光 牧師(門司大里教会)

≪説教≫

 「見失った羊」のたとえは、この後に続く「無くした銀貨」のたとえ、「放蕩息子」のたとえと合わせて、三つがセットになっています。いずれも、失った羊、無くした銀貨、死んでいた息子が見つかり、帰って来た、と大喜びするたとえです。

 ここで、「見失った」(15:4, 6)とか、「無くした」(15:8, 9)とか、「死んでいた」(15:24)と訳されているのは、いずれもアポルーミという同じ言葉です。

 そして、「見つけ出す」(15:4)、「見つける」(15:6, 8, 9)、「見つかった」(15:24)と訳されているのは、ヘウリスコーという言葉です。「失った」アポルーミと「見つかった」ヘウリスコーが、対になって繰り返されています。

 「羊と羊飼いのたとえ」で思い出すのは、詩編23篇でしょうか。「主は羊飼い、わたしには何も欠けることがない。主はわたしを青草の原に休ませ/憩いの水のほとりに伴い/魂を生き返らせてくださる。・・・死の陰の谷を行くときも/わたしは災いを恐れない。あなたがわたしと共にいてくださる。」(詩編23:1~4)

 そして、先ほど読んでいただいたエゼキエル書です。「わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探すように、わたしは自分の羊を探す。・・・わたしがわたしの群れを養い、憩わせる、と主なる神は言われる。わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。」(エゼキエル書34:11~12, 15~16)神様ご自身が、失われた者たちを探し出し、連れ戻し、傷ついた者を包み、弱った者を強くする、と宣言されるのです。

 エゼキエルは祭司でしたが、紀元前598年に南王国ユダがバビロニアに破れた時、バビロンに連行された捕囚の一人です。彼は、エルサレムが破壊され、エルサレム神殿が瓦礫の山となった報せをバビロンで聞きました。バビロン捕囚は、60年に及びました。ほとんどの人が故郷に帰ることができないまま、異郷の地で命を終えたのです。エゼキエルもエルサレムに帰ることができませんでしたが、散り散りになった民が再び呼び集められ、神様によって守られ力づけられる、という預言を語りました。このエゼキエルの預言が、今日のルカ福音書の箇所の下敷きになっています。

 「見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。」(15:4)羊は、牧畜をする人たちにとってとても大切な家畜です。いろんな役に立ちます。ミルクを提供してくれます。肉を食べることができます。羊の肉はおいしいので、極上とされます。そして、羊の毛で寒さを防ぐ服を作ることができます。いろんなことで役に立つ、本当に身近な家畜です。しかし、羊は大きな弱点を持っています。動物には、自分の巣に帰っていく本能があります。 たとえば犬は、遠く離れた場所から、何日もかけて自分の家に帰って来ます。ところが、羊は自分の家に帰ることができません。羊は群れをなして動きますが、窪地にはまりこんだり草むらに足を取られると、自分の力で抜け出すことができず、取り残されてしまいます。また、暑さ寒さにとても弱いのです。毛で覆われているので、直射日光にあたるとぐったりしてしまいます。また、寒さに弱いので、夜露にあてないように気をつけないといけない。冊の中に入れて、できるだけ体と体を密着させて、寒さにあわないようにする。そんな世話が必要だそうです。

 ここで、なぜ羊を見失ったのか分かりませんが、どこかで見失った。それに気づいた羊飼いが、見つけ出すまで捜し回る。「見つけたら、喜んでその羊を担いで」(15:5)帰ってくる。「担いでいく」、「背負って運ぶ」というのも、よく出てくる表現です。「わたしはあなたたちを造った。わたしが担い、背負い、救い出す。」(イザヤ書46:4)神様とわたしたち人間の関係を表しています。

 このたとえは、誰に向かって、何のために語られたのでしょうか。冒頭に、こう書かれています。「徴税人や罪人が皆、話を聞こうとしてイエスに近寄って来た。すると、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、『この人は罪人たちを迎えて、食事まで一緒にしている』と不平を言いだした。」(15:1~2)これがきっかけです。このたとえ話は、徴税人や罪人たちと一緒に食事をする主イエスに文句を言ったファリサイ派の人々や律法学者に対して、語られたのです。ですからこれは、ファリサイ派の人々や律法学者たちの考え方を批判して、あなたたちの考えは間違っている、と気づかせるためのたとえ話なのです。

 ファリサイ派の人々や律法学者たちは、まじめな信仰者です。神の教えを守り、律法に従って正しく生きようとして、一生懸命生きていた人たちです。ところが、それが行き過ぎて、正しい信仰生活を送ることができない人たちを軽蔑し、あんな奴らと付き合ったら汚れる、あいつらは「罪人だ」と宣言していました。そんなまじめな信仰者たちに向かって、神様の願いはどこにあるか、主イエスは語られたのです。

 一緒に食事することは、 仲間として受け入れることを意味しました。初代教会の時代、一緒に食事することは、宗教的な意味を持ちました。

 使徒言行録10章~11章に、次のような記事が出て来ます。ローマの百人隊長コルネリウスが、神の話を聞かせてほしいと願ってペトロを招き、わたしとわたしの家族に洗礼を授けてください、と頼む。ペトロは、喜んで洗礼を授け、一緒に食事をする。ところが、ペトロがエルサレムに帰ってくると、みんなから非難されます。「あなたは割礼を受けていない者たちのところへ行き、一緒に食事をした」(使徒言行録11:3)。異邦人と一緒に食事をするとは何事だ、というのです。これに対して、ペトロは一生懸命弁明します。あの人は、福音を信じてバプテスマを受けた。主イエスの弟子になったのだ。当時、異邦人と食事することは、それほど非難の的になったのです。

 それと同じように、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、主イエスが「罪人」や徴税人と一緒に食事することを咎めました。「罪人」と呼ばれたのは、泥棒や暴力沙汰を起こした犯罪者だったからではありません。律法や掟をないがしろにする人たち、ユダヤの伝統を軽んじていい加減な生活を送っている人たち、ユダヤ人として守るべき掟を破っている者、汚れた人という意味なのです。「徴税人」は、ローマのために税金を取り立てる人たちです。汚らわしいローマのために働く、裏切り者です。

 ファリサイ派の人々や律法学者たちは、ある基準を決めて、これを守らない人を「罪人」として軽蔑し、絶対に仲間にせず、のけ者にしました。ところが、主イエスは徴税人や「罪人」と一緒に食事をされたのです。

 5章には、徴税人レビに招かれて食事をする場面が出て来ます。「イエスは出て行って、レビという徴税人が収税所に座っているのを見て、『わたしに従いなさい』と言われた。彼は何もかも捨てて立ち上がり、イエスに従った。そして、自分の家でイエスのために盛大な宴会を催した。そこには徴税人やほかの人々が大勢いて、一緒に席に着いていた。」(5:27~29)これを見て、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、弟子たちに言います。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか。」(5:30)そんなことをしたら、汚れてしまうではないか。どうして、あんないい加減な奴らを許すのか。あんな奴らと、なぜ友だちになるのか、と言って非難したのです。すると、主イエスが言われます。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。」(5:31~32)

 19章には、徴税人ザアカイの話があります。ザアカイは背が低くて、主イエスの様子を見ることができないので、木に登って見ようとした。すると、それを見た主イエスが、言います。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」(19:5)これを見た人々は、文句を言います。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」(19:7)主イエスを迎えたザアカイは、喜んで言います。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」(19:8)その時、主イエスはこう言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」(19:9~10)このザアカイも、徴税人です。今日の話とつながっているのです。わたしは、何のためにここに来たのか。神からはぐれてしまった人、自分は罪深い人間だと嘆きつつ苦しい思いで暮らしている人たちを捜し出して、神のもとに連れ帰るためだ、と言われたのです。 Continue reading

6月25日 ≪聖霊降臨節第5主日/招待礼拝≫『愛のジャケット』コロサイの信徒への手紙 3章8~14節 沖村裕史 牧師

■ねずみ男

 10年程、社会福祉法人の理事として、島根県の隠岐の島を訪問していたことがあります。広島から、電車を乗り継ぎ、乗り継ぎして、半日を掛けて漸く、境港という駅に辿り着きます。そこからさらに3時間を要するフェリーに乗り換えるのですが、当時の境港は、NHKの朝ドラ『ゲゲゲの女房』で話題となった漫画家水木しげるの故郷として、賑やかな観光地となっていました。米子駅から境港駅までの電車も乗客でいっぱい。境港までの駅にはすべて、「ゲゲゲの鬼太郎」に出てくる妖怪たちの名前がつけられ、電車にも、鬼太郎はもとより、目玉おやじや猫娘のキャラクターが描かれていました。

 ある時、「ねずみ男」だらけの電車に乗ることができて、心密かにガッツポーズをしました。貸本の『墓場の鬼太郎』から少年雑誌の「ゲゲゲの鬼太郎」、そしてテレビアニメと、その漫画を読み見るたびにいつも気になっていたのは、実は主人公の鬼太郎ではなく、このねずみ男だったからです。

 小学生の頃、ねずみ男は、悪いことをする妖怪たちよりも誰よりも、嫌いなキャラクターでした。金に弱く、欲望に溺れやすい性格で、悪玉妖怪の口車に乗せられたり、金がからんだりすると、いとも簡単に鬼太郎を裏切ります。怪奇趣味が高じて封印された妖怪をよみがえらせたり、鬼太郎の腕を切り落として奈落の底へ突き落としたり、死神と共謀して鬼太郎を毒殺しようとしたり、とにかく自分勝手なトラブルメーカーなのです。ところが鬼太郎は、少し怒りはするものの、結局はいつも許してしまいます。それなのにこのねずみ男、しばらくするとまた平気で裏切ります。なぜ、鬼太郎は嘘つきで自分勝手なねずみ男を許すのだろう。こどもながらに訝(いぶか)しく、憤(いきどお)っていました。中学生になると、もっと嫌いになりました。自分の中に、ねずみ男と似たところがあるように感じたからです。嫌なやつだ、でも僕の中にも同じようなところがある…。

 しかし大学生の時、改めて「ゲゲゲの鬼太郎」を読んでみて、実は、ねずみ男がこの漫画に欠くことのできない存在であることに、ハタと気付かされました。ねずみ男がいることで、この漫画はただの勧善懲悪(かんぜんちょうあく)のヒーローものではない、人間や社会について考えさせる、奥深い作品になっているのです。

 ねずみ男は、わたしたちそのものです。そこまでひどくないと思うかどうかは別として、そう思って読んでみると、友情を簡単に金で売るねずみ男ですが、どうも、半妖怪であるという理由から人間からも妖怪からも蔑(さげす)まれ、ひとりの身内もいない天涯孤独の存在である自分に比べれば、鬼太郎は妖怪の中でも名門の幽霊族であり、超能力も持っているから、少々裏切っても大丈夫だと思っている節もあります。
 
 いつも裏切っているせいで、鬼太郎の友人としての振る舞いは演技にも見えますが、それは単なる見せかけの芝居ではなく、友情といえるものを、ねずみ男は確かに持っています。牛鬼に乗っ取られた鬼太郎が火口に落とされた時には、こんなことになるんなら、もっと鬼太郎に親切にしてやればよかった、と涙ぐみながらに後悔します。鬼太郎は村のみんなのために死んだんだ、と語る父親の目玉おやじに、「バカを言え!みんなの幸せなんかどうだっていいんだ!俺は鬼太郎が生きててくれた方がいいんだ!」と真顔で言います。何だか、イエスさまを裏切った弟子たちのようです。

 原作者の水木自身も、「最も好きなキャラクターは?」との質問に、「ねずみ男!」と即答しています。そして、「鬼太郎は馬鹿でしょう。正義の味方だから、スーパーマンみたいなもんだから。…金とか幸せについて考えないのです。だから、ねずみ男を出さないと物語が安定しないのです」と語ります。この世の真実、わたしたち人間の幸せは、単なる勧善懲悪では描けない、ということでしょうか。

 

■古い人を脱いで、新しい人を着る

 聖書というのも、ただ教訓的で倫理的な教えばかりが並べられている、勧善懲悪のお話しのように思われるかもしれません。しかし、決してそうではありません。もしそうなら、イエスさまを理解せず、何度も躓き、ついには裏切った弟子たちの話が描かれるはずもありません。8節から10節にも、こう書かれています。

 「今は、そのすべてを、すなわち、怒り、憤り、悪意、そしり、口から出る恥ずべき言葉を捨てなさい。互いにうそをついてはなりません。古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです」

 ねずみ男のことを思い出しながら、改めて今日の言葉を読み返してみると、ここには、わたしたちの罪深い、愚かな姿と、そこから自由にされて、本当の喜びをもって生きていく姿とが、対照的に描かれていることに気付かされます。

 その姿を、パウロは今、「古い人を脱いで、新しい人を着る」と表現します。これは、道徳や倫理の話ではありません。「すべし、すべからず」の世界のことでもありません。

 わたしたち人間で、神様のみ前に立って、自分は何ひとつ間違ったことなどしていない、正しい者だと言うことのできる者など、だれ一人いません。できませんから、自分の正しさを証明し、自尊心を保とうとすれば、「白いもの」を「黒い」と言い、「黒いもの」を「白い」と言い張るしかありません。真実を見ようとしない、見ようとしてもできないのです。

 そこから出てくる言葉や行いは、人を傷つけ、また自らをも傷つけてしまいます。それを、何をしようとわたしの自由ではないか、わたしの信念の問題だ、などと誤魔化し、いくら立派な着物を着ようと思っても、心が傲慢さや頑なさに支配されているとすれば、わたしたちは「古い人」でしかありません。古い人は、爆弾を抱えているようなものです。いつ爆発するか分かりません。いつどうなるか分からないものを抱えているのですから、わたしたちはいつも不安で、決して幸せではありえません。

 そんなわたしたちが、罪深さ、愚かさゆえの喘ぎと苦しみから救い出され、もうすでに自由にされているのだ、と言います。そして12節、「あなたがたは神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、…愛を身に着けなさい」とパウロは言います。

 そう、それこそが「古い人を脱いで、新しい人を着る」ということです。

 

■愛されているから

 古い人を脱いで着た「新しい人」とは、どういう人なのか。それが12節以下に書かれていることです。赦し合うとか、他の人に対して柔和な思いを持つとか、いろんなことが言われていますが、 Continue reading

6月18日 ≪聖霊降臨節第4主日礼拝≫『愚かさと賢さ』コリントの信徒への手紙一 1章18~25節 沖村裕史 牧師

 

■神の力

 冒頭18節、「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者にとっては神の力です」

 「十字架の言葉は…神の力」とあり、24節には「神の力、神の知恵であるキリスト」とあります。「十字架につけられたキリスト」は、そしてそのキリストを宣べ伝える十字架の言葉は「神の力」である、と言います。今日は、「神の力」というこの言葉からメッセージを始めさせていただきます。

 ここで「力」と訳されているのはギリシア語のデュナミスですが、同じく「力」と訳されるエネルゲイアとは微妙に違うニュアンスを持っています。エネルギーという言葉の語源となるエネルゲイアは、コロサイの2章12節に「キリストを死者の中から復活させた神の力」とある、「力の働き」または「働く力」、「働き」それ自体を意味します。それに対して、デュナミスとしての力は「潜在的な力」「根源的な力」です。キリストが神のデュナミスであると言われるとき、そこには、潜(ひそ)められた力、顕わになっていない力というニュアンスが含まれています。

 この二つの言葉を考えるときに、わたしがいつも思い浮かべるのは「ダム湖の水」です。
 ダム湖の水は、それがどんなに豊かに湛(たた)えられていたとしても、それだけでは電気は起りません。そこに力は潜んでいても、顕わにはなっていません。満々たる水がそのような働きをするためには、それが適当な場所に導かれて、落差をつけて滝として流れなければなりません。そのとき初めて電気は起り、そこから熱と光とが生じます。これがデュナミスとエネルゲイアとの関係であり、キリストが神のデュナミスである、ということの意味です。

 それは第一に、神の力は人間には隠されていますが、実は無限の可能な力、潜在的な力を持っているのだということです。キリストにある神の力といっても、それはすぐに働きとして認識できるものではありません。「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない」(ルカ17:20-21)とイエスさまが言われているように、福音が力ならば、その力はどこに働いているか、それを見せなさいと言われても、そう簡単に「これ、ここに」と見せるわけにはいきません。

 では、キリストにおいて働かれる神の力は、どうしたらそれと知ることができるのでしょうか。力は働きとしてのみ知ることができるのですが、キリストの力は、どうしたらわたしたちに対する働きとなるのでしょうか。ここにわたしたちが注意すべき第二の点があります。

 水力発電による電気を思い出してください。そこに必要なのは、水が高いところから低いところへと落ちていく「落差」です。デュナミスがエネルゲイアに変るためには、その落差が必要なのです。人間がキリストや神と同じ場所にいる限り、神の力は「救いの力として」働くことなどできません。

 そう言われてすぐに思うことは、福音を受け入れて信じる者となるためには、先ず自らの心を低くして、わたしたちが謙虚になって、神の力が働くままに身を委ねなければならない、ということでしょう。しかし今ここで言われていることは、そういうことではありません。わたしたちがではなく、神が、キリストが身を低くされ、十字架の上で愚かなものとなってくださった、ということです。それこそが福音です。救いは、わたしたち人間の知恵や力には全くかかわりなく、ただ神の力によって、誰よりも低く、愚かな者となられた「十字架につけられたキリスト」によってもたらされるのです。

 

■下降するキリスト、賢くなりたいわたしたち

 「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者にとっては神の力です」

 いわば、十字架の言葉の愚かさとは、下降するということです。神が下降するということは、人間には不可解なこと、理解できないことです。神が罪人の下にまで下降するのです。

 福音書の中に、百匹の羊の中の、失われた一匹を捜し求める羊飼いの話があります(マタイ18:11-14)。その譬えを描いた、とても印象的な挿絵があります。足を滑らせて谷を滑り落ち、灌木(かんぼく)に引っかかっている羊がいます。羊飼いは谷に身を傾けて、その羊に手を伸ばしています。傷ついた十字架のイエス・キリストを暗示する場面です。

 迷って道を失い、いのちの危機に瀕している羊はさかんに動き回ることでしょう。自分を救おうとして動き回り、しなくていいことをし、してはならないことをします。そうやって転落していきます。賢(さか)しらに立ち回るその姿、それが罪の姿です。そんな迷い出た一匹の羊を、迷い出た罪人であるこのわたしを、十字架まで下って、羊飼いであるキリストが見出してくださるのです。

 十字架の言葉の愚かさ、それは、自ら危機に身をさらして降りていく愚かさです。あえて選んで降りて行く愚かさです。それは人の知恵では理解できません。神がそういう道を選ばれるということを、人は納得できません。

 なぜか。それは、わたしたちがしるしを求めているからです。言い換えれば、自分の思いや感覚や主張にあくまでもこだわり、自分が納得できるなら、つまり神が自分の思いに適っているなら信じてやろう、という姿勢でいるからです。そしてその自分の思いというのは、より賢く、知恵のある者となりたいという思いですから、それは知恵を求めているということでもあります。しるしと知恵を求める思い、ユダヤ人とギリシア人の思いは、すべての人間が共通に抱いている思いであり、それは一言で言えば、愚かさから賢さへと上昇していこうとする思いです。人の知恵は上に向かうものです。人の賢さは高みに向かうことしか知りません。高みに、少しでも高いところへと向かい、人を見下ろせる地点に立つことしか求めません。

 その意味で、十字架の言葉は、十字架の救い主の姿は、実に愚かです。それはわたしたちの目にはまことに愚かな、見栄えのしないことに思われます。それは十字架の死がグロテスクで見るも汚らわしいというよりも、そこにこそ救いがあると受け入れるなら、自分こそが本当はあの十字架につけられなければならない罪人であると認めることになるからです。誰もそんなことを認めたくはありません。自分がより高く立派になり、知恵ある者となることによって救いを得るという方が、ずっと好ましいことに思えるのです。

 わたしたちの誰もが抜きがたく持っているプライド、自己義認によることです。人間、プライドを満足させられることほど喜ばしいことはないし、逆にプライドを傷つけられるほど嫌いなことはありません。だから人々を惹きつけ集める宗教を興そうと思ったら、そういう人間のプライドをくすぐって、ここへ来ればより賢く、高く、立派になれますよ、と教えていけばよいのです。いえ、わたしたちもときにイエス・キリストをそんな救い主として考え、捉え、歪めてしまっているかもしれません。イエスさまの教えによって自分がより賢い、立派な者になることができると期待しているかもしれません。そして実にそれこそ、アポロ派、ペトロ派、パウロ派、キリスト派に分裂し争っていたコリントの教会の姿でした。

 しかしそれは、聖書の教えるところではありません。聖書は、わたしたちが愚かさから抜け出して、少しずつ知恵を身につけ、より高く立派な者になっていくことで救いを得ることができる、などとは決して言いません。むしろ、わたしたちは十字架につけられて死ななければならない罪人である、自分の力で救いを得ることはできない、そう告げます。そんなわたしたちの、自分ではどうすることもできない罪を、神の独り子がすべて担って、十字架にかかって死んでくださった、そこに神による赦しの恵み、救いがあると教えます。 Continue reading

6月11日 ≪聖霊降臨節第3主日/こどもの日・花の日「家族」礼拝≫『助走して!』『友』ヨハネによる福音書 15章12~17節 沖村裕史 牧師

 

≪お話し≫「助走して!」(こども・おとな)

■何(なに)かを削(けず)って

 「わたしがあなたがたを愛(あい)したように、互(たが)いに愛し合(あ)いなさい。これがわたしの掟(おきて)である」

 「愛し合いなさい」って言われて、皆さんは、どんな姿(すがた)を思い浮かべますか。互いが何かを差(さ)し出(だ)している姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。愛し合うとは互いに与(あた)え合うこと―その通りです。でも少しだけ気をつけてください。大切(たいせつ)なのは、その与え方(かた)です。自分(じぶん)の取り分(ぶん)はしっかり取り除(よ)けておいて、余(あま)りものだけを相手(あいて)に与えて、それを愛と呼ぶことができるでしょうか。たとえほんの少しであっても、自分の何かを削って相手に差し出すことを愛と言うのではないでしょうか。こんな話を聞いたことがあります。

 

■助走(じょそう)して!

 公園(こうえん)にある錆(さ)びたサッカーゴールに向(む)かって、たった一人で、毎日毎日ボールを蹴(け)っている少年(しょうねん)がいました。

 その少年を見つけたのは春の頃。夏の暑い日も、たった一人、汗だくになってポールを蹴っていました。秋が過ぎ、日が落ちるのが早まる季節(きせつ)、薄暗(うすぐら)いライトの下、ボールもよく見えないのに、たった一人、ボールを蹴っていました。

 少し心配(しんぱい)になり、おもいきって少年に話かけてみました。でも少年はこちらを振(ふ)り向くこともなく、黙々(もくもく)とボールを蹴り続けていました。

 次の日、自動(じどう)販売機(はんばいき)で温かいココアを2本買って公園に行きましたが、少年が黙々とボールを蹴っていたので、ひとり、ココア2本を飲んで帰りました。

 さらに次の日、仕事用(しごとよう)のカバンとは別に運動(うんどう)靴(ぐつ)と着替(きが)えが入ったバッグを持って出かけ、会社(かいしゃ)が終わってから公園に向かいました。

 私(わたし)がゴールの前に立ちはだかると、少年は一瞬(いっしゅん)、怪訝(けげん)な顔をしましたが、すぐに、力いっぱいボールを蹴ってきました。ゴールネットに入ったボロボロのボールを少年に蹴り返すと、今度(こんど)は助走(じょそう)までつけて、ボールを蹴ってきました。

 何度(なんど)か繰(く)り返すうちに、少年は笑顔になりました。

 「少し休もう」と言うと、彼はキョトンとした顔をしています。

 少年は耳が聞こえていなかったのです。

 戸惑(とまど)いを隠(かく)しながら、会社のカバンの中から急いでノートとペンを取り出して、「少し休もう」と書いて見せました。少年はコクリとうなずきました。並(なら)んでベンチに腰(こし)掛(か)けながら、いろいろなことをノートに書きながら話をしました。

 彼は小学校4年生。今年の3月に父親(ちちおや)を亡(な)くしていました。

 母親(ははおや)は遅くまで働きに出ていて、帰ってくるのは夜の8時を過ぎることもあるとのこと。父親が亡くなる前までの母親は、毎日家にいて、帰りを待っていてくれていました。家に一人でいるのが寂(さび)しくて、昔、父親とよくやったサッカーをしに、毎日公園に来ていたようです。

 そんなことまで話してくれることが、なんだか嬉(うれ)しくもありましたが、寂しいだろう少年の気持(きも)ちを考えると、涙(なみだ)が浮かんできてどうしようもありませんでした。時々(ときどき)、あくびをするふりをしてごまかしました。

 その日以降(いこう)、仕事が早く終わったときには公園に足を運(はこ)びました。

 クリスマスの日、少年が公園にいるのを確(たし)かめ、買っておいたサッカーボールを急いでとりに帰り、彼に渡(わた)しました。 Continue reading

6月4日 ≪聖霊降臨節第2主日礼拝≫『仲たがいせず』コリントの信徒への手紙一 1章10~17節 沖村裕史 牧師

 

■天国の福音

 イエスさまが語られた天国、神の国の福音は、神様が「今もここ」を支配してくださっている、それも良いことばかりではなく、避けることのできない苦しみや悲しみに喘(あえ)ぎつつも生かされている、このわたしたちと共にいてくださっているということを教え、諭そうとするものでした。

 聖書日課で、コリントの信徒への手紙の今日の箇所と一緒に読むように勧められているマタイによる福音書18章10節以下の最後に、「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(18:20)というイエスさまの言葉が記されています。

 信仰によって一つに集う、あなたたちのすぐそば近くに、今、わたしはいる。あなたたちがどれほど欠け多く、取るに足らない者であっても関係ない。なぜなら、神様はあなたたちにいのちを与えてくださったお方だから。このいのちゆえに神様があなたたちを愛してくださっているから。神様はあなたたちを誰ひとりとして損なわれることはない。

 イエスさまはわたしたちにそう教えてくださいました。そしてそのことは何よりも、イエス・キリストの十字架と復活によって、わたしたちにはっきりと示され、確かなものとされていることでした。

 イエスさまは、馬小屋の飼い葉おけという貧しさの中に生まれ、人から触れることさえ忌(い)み嫌われる罪人たちを癒(いや)され、その穢(けが)れた彼らと共に生き、そして、神を神とせず、神ならぬ己(おのれ)を神とする人々によって十字架に架けられ、殺されました。イエスさまのことを奇跡の人、卓越した指導者、革命的な英雄だと自分たちの願いを重ねて見ていた多くの人々にとって、イエスさまが貧しさのただ中で罪と穢れにまみれるようにして生き、この上もない惨めさと屈辱の中で十字架にかかって死なれたその姿は理解しがたく、受け入れがたいものでした。まさに躓(つまづ)きでした。その躓きのただ中に、イエス・キリストはよみがえられ、ただ神様の義と愛ゆえに、その恵みと祝福によって赦され、救われているこのわたしたちの姿をはっきりと指し示してくださいました。

 ただ十字架と復活に示された神様の愛によって、わたしたちは「今、ここに」生かされている。だから、わたしの名によって集まるあなたたちと、わたしも「今、ここに」共にいる、とイエスさまは宣言され、約束されたのでした。

 

■何によって

 それなのに、イエスさまが今もここに共にいてくださっている、そのことにわたしたちは気づかずにいます。いえ、気づいてはいても忘れてしまいます。そのため、まるで自分の力だけで生きているかのように肩肘(かたひじ)を張り、エゴを振りかざし、仲たがいをし、争って暮しています。

 コリントの信徒への第一の手紙の1章10節、「皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい」というパウロの言葉は、裏返しにして読めば、コリントの教会にも「勝手なことを言い、仲たがいし、心も思いもばらばらで、固く結びついていない」現実があった、ということです。

 新約聖書の時代の教会の姿を垣間見る思いもしますが、読めば読むほど、パウロの時代の教会や社会と今日の教会や社会に共通するところが多々あることに気づかされます。

 「わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。あなたがたはめいめい、『わたしはパウロにつく』『わたしはアポロに』『わたしはケファに』『わたしはキリストに』などと言い合っているとのことです。キリストは幾つにも分けられてしまったのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか」(11~13節)

 ある説教者が絶妙で、しかし辛辣(しんらつ)なこんな一文を書いています。

 「教会にも『イヌ派』の人と『ネコ派』の人がいるような気がします。…信徒さんの中には時々、牧師べったりという人がいます。よく言えば牧師への尊敬や信頼が強いからでしょうが、それが過ぎると『センセイのおっしゃることは何でもごもっとも』ということにもなりかねないのです。特に牧師におべんちゃらを言ったり、持ち上げたりするわけではないとしても、結果として牧師中心、牧師の言いなり、そして教会の独裁者を創り出す危険性があります[イヌ派]。

 教会ファーストという信者さんもいます。ネコ派と言えるでしょうか。教会の歴史や伝統を大切にし『いままではこうしていました』、『これまでのやり方はこうでした』と、教会の『しきたりや慣例』を重視する人です。特に長い歴史や伝統のある教会にいます。『教会の伝統は変えてはいけないが、牧師は替えることができる』。

 イヌ派とネコ派だけではありません。何かといえばすぐにワイワイ、ギャーギャーと騒ぎ立てる人もいます。『カラス派』と言えるでしょうか。カラスは英語で『クロウ』と言います。牧師にとって苦労の種です。『サル派』もいます。ボスを中心にグループを作り、『教会内教会』を作る場合もあります。教会内に対立や争いを起こし、思い通りにいかないと教会をすぐ『サル』のです。そんな騒動や争いに嫌気がさす信徒さんもいます。教会は祈りの場だと、『おお、神様。おお、神様』と熱心に祈りを捧げる『オオカミ派』もいます。いろいろな人がいるのが教会というところです。…

 コリントの教会にもパウロ組(イヌ派?)、アポロ組(サル派?)、ケファ組(ネコ派?)、キリスト組(オオカミ派?)と派閥を作っていたようです」

 絶妙なたとえです。「パウロ組」とは、コリント教会の礎を築いたパウロを慕い、信仰の師と仰ぎ、その権威を弁護しようとする熱心さのあまり、排他的で特権的な意識を持つようになったグループのことでしょう。「アポロ組」。アポロはパウロがこの教会を去った後にやってきました。当時の学問と文化の中心地のひとつ、エジプトはアレクサンドリヤ・スタイルの絢爛(けんらん)たる、言葉巧みな知恵に基づいたアポロの説教に魅せられた人々のことです。そして「ケファ組」とは、イエス・キリストの直弟子で、かつその筆頭であったペトロの、旧約以来の伝統的な信仰という土台の上にイエス・キリストを信じるという考え方に従っていた、ユダヤ人を中心とするグループのことでしょう。そして最後の「キリスト組」は、自分たちは天からの啓示を直接霊感によって受けてキリストを示された、キリストとひとつになった者だと自称していた、現代のカルト、いわゆる霊的な熱狂主義者のグループであったと考えられます。

 わたしたちもしばしば、こんな言葉が語られるのを耳にしないでしょうか。「わたしは○○牧師からバプテスマを受けました」「わたしは毎週○○先生のすばらしいお説教をお聞きしています」「○○さんによって信仰へ導かれました」等々。そしてもちろん、それとは全く反対の言葉を耳にすることも少なくありません。

 パウロの時代の教会も、今日の教会や社会がそうであるように、人の集まりですから「人によって」結びついている、そういうところがあります。そのために、教会の中に、社会の中に、家族の中にさえ、亀裂や対立が生まれてきます。残念ながら、わたしたちは程度の差はあるにしても、誰もが自分中心に考え生きるほかない、愚かで罪深い存在だから…そう思って、ため息が出てきそうになります。 Continue reading

5月28日 ≪聖霊降臨節第1主日/ペンテコステ「家族」礼拝≫『みなしごにはしておかない』ヨハネによる福音書14章15~18節 沖村裕史 牧師

 

■みなしご

 イエスさまは言われます。

 「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る」(18節)

 「孤児(こじ、みなしご)とは、両親・親戚等の保護者のいない未成年者のこと。狭義では生みの両親が死別、または行方不明となった未成年者を指す」と辞書にあります。「みなしご」と訳されているギリシア語には、片親がいないこどもや師たる指導者を失った弟子も含まれているようです。いずれであれ、「みなしご」とは「支え手となる者がいない、あるいは失った人」のことを指します。

 イエスさまの時代、そうしたこどもたちの姿はごく日常の風景でした。イエスさまは、その姿を心痛めながら見ておられたことでしょう。ある聖書の注解書の中に「子供」というタイトルでこう記されています。

 「子供たちはいつも真っ先に飢饉や、戦争や、病気や、混乱の犠牲になったし、地域によっては成人したときに両方の親が揃っている者はほとんどいなかった。…孤児は社会の最も弱く、最も危害を加えられ易い構成員の典型であった」。そして「古代では大家族は一切を意味した」と記されます。

 家族を失うことは生きるための基盤の一切を失うことでした。面倒を見て、育ててくれる人がいなくなってしまったこどもには、食べるものも、着るものも、住むところもありません。もちろん、夜、眠れないときにも一緒に寝てくれる人がいるはずもありません。どんなに悲しくても、そばにいてそっと抱き締めてくれる人など一人もいません。みなしごは、ひとりぼっちです。だからとても不安で、とても寂しいのです。かのマザー・テレサが、人間として最も悲惨なことは孤独であると言っています。

 「人間にとって最大の悲惨は、あなたはだれからも、もはや必要とされていないと感じることです。それこそが人間にとって最もむごい、寂しい、つらいことです。『あなたはもう必要ではない』。その時、人は倒れます」

 「みなしご」とイエスさまが呼んでいるのは、現実の困窮やいのちの危険だけでなく、人間としての危機に晒されている、そんな人たちのことでした。

 

■聖霊なる弁護者

 イエスさまは、神様のみ言葉を伝え、神様の大いなるみ業を示しつつ、虐げられ、蔑まれ、除け者にされて悲しんでいる人や、病気や貧しさのために苦しんでいる人を助け、励まし、元気づけてくださいました。そしてまた、たとえお金や肩書、友人や家族があっても、誰からも愛されない「みなしご」のような悲しみの中に生きている人が昔も今もいました。イエスさまはそんな人たちの友、慰め手、助け手となってくださいました。弟子たちはそんなイエスさまを信じ、イエスさまがいないと生きていけない、とまで思っていました。

 ところが、その大切なイエスさまが天の父のところに帰られる、と言います。十字架の死からよみがえられたイエスさまと、いつまでも一緒に食事をし、もっとたくさんの神様のお話を聞かせていただけるものと思っていました。それなのに、別れのときがやってこようとしている。弟子たちは不安で寂しくてたまりません。イエスさまは、そんな悲しんでいる弟子たちを見つめながら、やさしくこう言われました。

 「父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる」(16節)

 イエスさまは、自分が去っても、もう一人の「弁護者」「助け主」が来てくださると約束してくださいます。弁護者と訳されるパラクレートスというギリシア語は、「傍(かたわら)に招く者、共にいて励ます者、とりなす者」という意味の言葉です。イエスさまは、その姿は見えなくなっても、もう一人の弁護者、助け主が必ずやって来る、「真理の霊」である聖霊が注がれる、と言われるのです。天の父は、わたしたちから離れ、みなしごにするようなことは絶対にされない、と言われます。そう言われた後、イエスさまは弟子たちに見送られ、オリーヴ山から天にのぼって行かれました。

 こうしてイエスさまは、わたしたちの目では見えなくなってしまいましたけれども、約束通り、弟子たちに聖霊を与えてくださいました。そして今ここいるわたしたちにも、その聖霊が注がれています。それは、風のように、小さな声のように、目には見えないけれど、いつもわたしたちに注がれていて、いつもわたしたちを招き、見守り、励ましています。

 イエスさまが「みなしごにはしておかない」と言われているは、そのことでした。

 

■残された言葉

 聖霊とは、まるで目には見えない愛の手紙のようだと思いながら、わたしは以前聞いた、ある話を思い出しています。

 1989年10月、東京の教会に出席したときのことでした。ミッションスクールの落ち着いた校舎玄関の前を通って、一人の少女が教会にやってきました。少女は礼拝堂の一番後ろの長いすの、彼の横に控え目に座りました。まだ早すぎる時間を、所在なげに外の街路樹の葉が風に揺れるのを目で追っていました。

 突然、一枚の葉が風にもぎ取られて散っていこうとしたとき、「ここに来られたのは初めてですか」、その少女が親しい友だちに自然に話しかけるように尋ねます。前置きのない言葉に、彼はただうなずき返していました。 Continue reading

5月21日 ≪復活節第7主日礼拝≫『結ばれて』コリントの信徒への手紙一1章4~9節 沖村裕史 牧師

■イエスを真ん中に

 先週届けられた『こころの友』6月号に掲載されていた一文に、それこそ「こころ」捉えられ、しばらく立ったままで読み続けました。

 「マイノリティーでもマジョリティーでも」と題された手紙文は、こう始められていました。

 「こんにちは、Aちゃん。しばらく会っていませんが、元気でいますか?」

 手紙を書いたこの人は、なぜ、Aちゃんという子に呼びかけているのでしょうか。読み進めていくうちにその事情が分かってきました。

 「中学生のときに同性を好きになったAちゃんは、信頼していた教会学校の先生にそのことを相談したのでしたね。でも、『同性を好きになるのはいけないこと』と言われて、とてもショックで、教会から遠のいてしまったと言っていましたね」

 この人は「同性愛者には日本ではまだ十分な人権がありません」と先進諸国に比べて対応の遅れている日本の現状を説明し、こう続けます。

 「日本社会はそんな遅れた状況だし、親御さんにだってなかなか理解してもらえなかったりします。そんな中で、教会の人からも否定されてしまったときのショックは計り知れないと思います」

 そして、イエスさまが伝えられた福音―神の愛から、教会のあるべき姿を示し、こう語りかけます。

 「教会には昔から、身体、心、性、職業、性質などにおいて、いろいろなマイノリティー性を持つ人たちが集っています。そのマイノリティー性は、Aちゃんがそうであるように一見わかりにくい人も多いです。何らかのマイノリティーであることをカミングアウトすることもカミングアウトしないことも、誰かに強制されるようなことではありません。ただ、いろいろな違いの中でわたしたちは、神の子イエスを真ん中にして心をひとつにして祈ろうとしています」

 最後に、「今度、案内状を出します。また会える日を楽しみにしています」、Aちゃん、あなたとつながりたい、つながっているよ、と告げてこの手紙を閉じます。

 まるでパウロの手紙のようだと思わずにはおれませんでした。パウロは、コリントの教会の中の「マジョリティー」となって自分たちとは違う人々を傷つけてしまっている人々に向かって、「あなたがたは神の子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに招き入れられたのです」と呼びかけています。そしてこの人は、教会の「マジョリティー」から傷つけられて教会から出て行った人に語りかけ、もう一度、教会の交わりの中に招き入れようとしています。

 そこでこの人が語ったのが、「いろいろな違いの中でわたしたちは、神の子イエスを真ん中にして心をひとつにして祈ろうとしています」という言葉でした。違っていいんだ、いえ、違いの只中にこそ、互いに違うわたしたちの真ん中にイエス・キリストがいてくださって、違うままにわたしたちをひとつにしてくださっている。そのことを祈り願うのが「教会」なんだ。そう告げる言葉が、今日のパウロの言葉に重なるようにして響いてきます。

 

■感謝の言葉から

 当時の人たちがよくしたように、パウロもこの手紙を口述筆記させました。誰に筆記させたのか。1節に出てくる、ソステネという人ではないかとも言われますが、よくはわかりません。わかりませんが、親しい仲間が筆を持って、紙を用意し、パウロがこれから何を言うのかと待ち構えます。パウロは目を閉じ祈るようにして、こう語り始めます。

 「わたしは、あなたがたがキリスト・イエスによって神の恵みを受けたことについて、いつもわたしの神に感謝しています」

 「神の恵み」です。パウロはまず何よりも「感謝」の言葉から語り始めました。とはいえ、この手紙はパウロにとって書きたくなかった手紙であったはずです。コリントの教会に何の問題もなく、パウロが一年半伝道したその教えに導かれて教会が順調に発展していたのなら、こんな手紙を書く必要などなかったからです。

 誰にも、そういうときがあります。ある人が間違ったことをしてしまった。取り返しのつかないことをしたのではないかと思わされるようなところで、相談に乗り、あれやこれやと勧告し、忠告をする。そうされる人も辛いかもしれませんけれども、忠告し、勧告する方もまた辛いものです。とくに相手が、自分が心にかけ、愛し、育んできた人であったりすれば、なおさらのことです。なぜ、こんなことをしてしまったのか。自分の言葉をよく聞いていてくれれば、こんなことをしなくてもすんだのに。そう思わされた経験はないでしょうか。

 コリントの教会は、他の人が建てた教会ではありません。パウロが様々な人の協力を得て建てた教会です。自分に責任があるのです。その教会に次々と問題が生じました。「ああすればよかった」「こうしておけばよかった」、そんな後悔の念もあったことでしょうし、教会に対する歯がゆい思いもあったことでしょう。

 そういう人に、そういう教会にどんな言葉をかけたらよいのか。誰かに忠告をしよう、勧告をしようということになれば、不用意な心構えで話を切り出すことなどできません。祈りながら、どんな言葉がその人の、この教会の人々の心に届くだろうかと真剣に尋ね求めるものです。

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5月14日 ≪復活節第6主日/母の日「家族」礼拝≫『豊かな実』ヨハネによる福音書15章1~12 節 沖村裕史 牧師

 

■いのちの木

 母の日の意味は、単に「お母さん、ありがとう」ではなく、「神様、お母さんをありがとう」です。すべてのものにいのちを与え、育んでくださる方へ感謝を捧げる日です。そんな母の日、昨日の雨が嘘のように、爽やかな朝になりました。庭の花も木も草も、みずみずしく、青々としています。いのちがあふれています。色鮮やかに咲く花も神秘的ですが、緑の美しさは格別です。山々を彩る木々の、棚田の水面を覆う苗の緑が、いのちの神秘をわたしたちに教えてくれているかのようです。

 そして今ここにも、主の息吹が与えられ、いのちが躍動しています。今日のみ言葉は、そんな美しい緑に装われた「ぶどうの木」にたとえられる、まさに「いのち」についての言葉です。

 ヨハネによる福音書は、平易で分かりやすいギリシア語で書かれた福音書ですが、しかしそれはとても格調高く、リズムの整った言葉で、イエスさまの言葉を伝えています。今日のみ言葉は格別です。何度も繰り返して読んでいると、イエスさまがまるで讃美の歌を歌っておられるようにさえ思えてきます。そして冒頭、ヨハネによる福音書のイエスさまは、こう賛美されます。

 「わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である」

 わたしはまことのぶどうの木。この「まことの」(アレーテース)という言葉は、「真理の」「真実の」「本当の」という意味です。偽物のぶどうの木がいくつもあるかもしれない、しかしわたしこそ「まことのいのちを養う木」。わたしの父なる神はそのぶどうの木を養う「農夫」、あなたがたはその木に連なる「枝」、そして、その枝は豊かに実を結ぶ、いのちを生み出す、「いのちの木」だ、そう繰り返すように歌われます。

 

■豊かな実

 小さい時からぶどうはよく食べていても、「本当の」ぶどうの木を見たことがあるという人は案外少ないかもしれません。こどもたちを連れて日帰りのキャンプに瀬戸内の小島に出かけたときのこと、スイカが畑の土の上になっているのを見て、「スイカって、ぶどうみたいに木になっているんじゃないんだね」と驚かれたことがあります。こどもたちのイメージはぶどう棚になっているスイカだったようです。もちろん、わたしたちがそんな間違いをすることはないでしょうが、それでも、ぶどう棚になっている手のひらよりも少し大きなぶどうの房ではなく、まるで大木のような、幹が直径45センチ、枝の張りが9メートルを超えるぶどうの木になっている、5キロ以上もあるぶどうの房を見ることはなかなかないでしょう。しかし、それがパレスチナのぶどうの木でした。

 今の季節、地中海の石灰質の白い大地を覆う、ぶどうの鮮やかな新緑がとりわけ美しいときですが、秋になり収穫のときを迎えると、一度に食べ切れないほどの、実り豊かなぶどうの房を、ずしりと手に感じながら持って食べることができるほどになります。

 ぶどうは、ぶどうの木は、まさに豊かな実りの象徴、シンボルでした。

 イエスさまはここで、わたしたちに、あなたたちの人生も、そのように実り豊かないのちを生きることができる、そう約束していてくださっています。たとえ、どんなに強い人であっても、弱い人であっても、あるいは人生の長い人であっても、短い人であっても、あるいは幸せな人であっても、不幸せな人であっても、その人の人生は、豊かに実を結ぶことができるのです。農夫である父なる神が、ぶどうの木、枝、実を豊かに育み、養ってくださるからです。言葉を変えると、永遠の神が、わたしたち一人ひとりをそのままに包み込むようにして育んでくださるからです。

 信じて生きるということは、このたとえのままに言えば、わたしたちの人生が実り多く、わたしたちのいのちがあふれるほど豊かなものとされていることを確信することです。ほんの僅かな実りがあって、それを慰めとするというのではありません。実りが豊かなことを喜ぶ、たっぷりの実りに生きることができることを喜ぶのです。11節の「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである」というイエスさまの言葉は、その喜びを歌い、祝福しておられる、そこに現れる神のみわざを賛美し、喜んでおられるのではないでしょうか。

 

■生かされ生きている

 そんな豊かで美しい約束の言葉に続いて、イエスさまはエッと息を飲むような言葉を告げられます。

 「わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる」

 イエスさまは、わたしこそがまことのぶどうの木と言われ、イエスさまの父なる神は天の彼方に美しく、しかし冷たく静かに輝いている星のような存在ではなく、経験豊かで情愛にあふれる農夫である、と言われました。しかし今、その農夫が「実を結ばない枝はみな…取り除かれる」と言います。

 イエス・キリストにつながっていて、しかも、実をつけない、とは一体どういうことなのでしょうか。

 ヨハネによる福音書13章に、ペトロたちがイエスさまから足を洗っていただいたことが記されています。十字架の死という別れを前にして、イエスさまは弟子たちをもう一度、ご自身に結びつけておこうとされたのです。ご自分から弟子たちのしもべ、奴隷になって、その汚れた足を洗うことによって、です。そこにイエスさまの燃えるような、激しい「最後までの」愛があります。

 それほどのイエスさまの愛、愛の奉仕に、何も感じない、何とも思わない、無関心であるなら、それは、愛そのものであるイエスさまを理解せず、拒むということです。そういう人は当然、互に愛するということをしません。互に仕え合うということもありません。そう、「実」を結ばないのです。

 そこで農夫である父は、その枝を取り除いて、風通しを良くされるのです。わたしたちが、そしてイエスさままでもが、どうにかつないでおこうと努めたとしても、父なる神はこれを取り除かれるのです。 Continue reading

5月7日 ≪復活節第5主日礼拝≫『召されて』コリントの信徒への手紙一 1章1~3節 沖村裕史 牧師

 

■手紙

 今日からしばらく、使徒パウロによって書かれたコリントの信徒への第一の手紙をご一緒に読み、そこに語られている福音に共に耳を澄ませてみたいと願っています。今の時代を生きるクリスチャンとしてのわたしたちに、この手紙は何を語りかけてくれるのでしょうか。

 コリントの教会の礎(いしずえ)を築いたパウロがその地を去った後、教会にはいろいろな問題が生じていました。パウロは、そのことを伝え聞いて心配もし、また教会から寄せられたいくつかの具体的な問題についての問い合わせに答えようと、この手紙を書きました。当然、ここに書かれていることは、コリントの教会にそのとき起っていた問題をどのように考え、どう解決していったらよいのかという、とても具体的で個別的な事柄です。パウロがこの手紙を書いているとき、これが二千年近くのときを経て、遠く日本という国で多くの人に読まれることになるなど、思いもしていなかったでしょう。もちろん個人から個人への全くプライベートな手紙と言うのではありませんが、これは紛れもなくパウロ個人の手紙です。

 わたしたちも手紙のやり取りをします。親しい人からの、ときにはよく知らなかった人から思いがけない手紙を受け取ることもあります。いずれであれ、自分に宛てられた手紙はどれもがとても大切です。教会にも、毎日のように郵便物が送られてきます。それを受け取り、整理するのも牧師の仕事のひとつですが、なかにはごみ箱直通の郵便物もあります。その量も少なくありません。お互いがごみを作り出し、送り合っているのではないかと感じるほどです。それでも、毎日、郵便配達のバイクの音が聞こえると、ポストの方に駆け寄ります。郵便物を受け取り、その一つひとつに目を通します。そしてそれが分厚いダイレクトメールや大量印刷された無機質な挨拶状ではなく、わたしだけに向けられた私信であれば、嬉しく、心が温かくなります。それに何度も目を通した後、手紙箱に入れます。年が経っても捨てることができず、手紙箱は増えるばかりです。そのように、手紙の言葉というものは、その時その場所で、特定の人に対してだけ意味を持つ、特別なものなのだろうと思います。

 この手紙を書いたとき、パウロもまた、手紙を受け取るコリントの教会の一人ひとりの顔を、それぞれの生活向きを思い浮かべながら、特別な思いを込めて書いたに違いありません。そして、受け取ったコリントの人々もまた、あまり他人には読まれたくない手紙、自分たちの間ではもうわかっている問題へのパウロの言葉ですから、恥ずかしい思いをしても仕方のない手紙、でもやはり他の人にはできれば知られたくないことが書いてある手紙、そんな思いで読んでいたかもしれません。パウロから送られたこの手紙は、コリントの人々にとって、具体的な問題に対する応答の中に、深い親愛の情と共に、とても大切な信仰の事柄とが浮き彫りにされている、そんなかけがえのない手紙であったに違いありません。

 

■神に召されて

 今日は、この手紙の書き出しのところ、1章1節から3節をお読みいただきました。ここは、1節ずつ三つに区切ることができます。1節には手紙の差出人、2節には宛先、3節には挨拶が記されています。こうした書き出しは当時の手紙のごく一般的な形です。しかし、ただ差出人、宛先、挨拶を記すだけなら、「パウロから、コリントの人々へ、恵みと平和があるように」と言うだけでよかったはずです。ところがパウロは、今ここにいろいろな言葉を書き加えています。とすれば、書き加えられているこれらの言葉に、パウロがこの手紙に込めた大切な思いが示されているに違いありません。

 まずは1節、差出人を語る所です。

 「神の御心によって召されてキリスト・イエスの使徒となったパウロ…から」

 原文の語順は、「パウロ、召されてキリスト・イエスの使徒となった、神の御心によって」です。まず自分の名前を、次にその自分とは何者であるかを記しています。そこで彼が真っ先に書くのは、「召された」ということです。

 召されるとは、呼ばれるということです。自分が誰かに名を呼ばれ、招かれ、召されるということは、とても喜ばしく、とても大切なことです。自分が存在する価値がそこで確認されるからです。

 そしてパウロは、自分が名前を呼ばれて呼び出された、それは使命を与えられるためだ、と続けます。その使命が「キリスト・イエスの使徒」です。「使徒」とは「遣わされた者」という意味で、キリスト・イエスの福音を宣べ伝えるよう遣わされた者である、ということです。しかも、その使命へと彼が召されたのは「神の御心によって」であったと言います。この手紙の冒頭1節でパウロは、わたしは自分の思いによってではなく、神の御心によって、キリスト・イエスの使徒としての使命に召されたのだ、ということを強調します。

 ユダヤ教ファリサイ派のエリートであった彼は、十字架につけられたイエスをキリスト、つまり救い主と信じるような教えは神を冒涜するものだとして、これを激しく憎み、キリストの信者たちを徹底的に迫害していました。その彼が、迫害の手をさらに広げるためにダマスコへ向かうその途上、復活されたイエス・キリストと出会います。キリストは、パウロを全世界にわたしの名を宣べ伝える器として立てる、と宣言されました。この出会いによって、彼は180度の方向転換をし、迫害する者から信じる者へ、さらに伝道する者へと変えられたのでした。

 この回心、方向転換は、パウロが長年真理を追い求めてきた、その結果というのではありません。イエス・キリストの教えとはどのようなものかと興味を持って学んだ、その結果、信仰が与えられたということでもありません。彼が信じる者となり、伝道する者となったのは、彼自身の思いでは全くなく、ただ神様の驚くべき御業によること、まさに奇跡でした。パウロにとって、それはただ「神に召された」としか言いようのないことでした。

 そのように、神の御心によって召されて使徒となったパウロがこの手紙を書き送る、そのことを彼はこの手紙の冒頭で、力を込めて語っています。それは、ちょうど親しい友人が問題を抱え、悩んでいるときに、何とかして助けになりたいと願って、心を砕いて用意した言葉を伝えるときに、「あなたの友人として申し上げたいことがある」と改まった言い方をするときに似ているかもしれません。「そうでないと、これから語ろうとしているわたしの言葉は理解できなかったり、受け止めることができなかったりする」。そんな思いを込めて、わたしが語る言葉は、神の御心によって召されたキリスト・イエスの使徒としての言葉です、キリスト・イエスから預かった言葉なのです、今ここに神の御心が働いているのです、だからどうか、しっかり聞いてください。パウロはコリントの人々に、今ここにいるわたしたちにそう語りかけているのです。

 

■神の教会

 このパウロの思いは、2節の宛先を語る部分へもつながっていきます。2節は「コリントの教会の人々へ」ということですが、そこにもいろいろな言葉がつけ加えられ、パウロの深い思いが込められています。

 「コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ」

 ここも原文の語順を生かして訳すならば、「コリントにある神の教会、キリスト・イエスによって聖なる者とされ、召されて聖なる者とされた」となります。「至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に」という最初の言葉は、原文では2節の最後に置かれています。

 ここでパウロは、1節に重なるような仕方で、コリントの教会とはどのような教会なのかを語っています。 Continue reading

4月30日 ≪復活節第4主日礼拝≫『健全な不信仰』マタイによる福音書28章16~20節 沖村裕史 牧師

 

■ガリラヤの山

 「さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。イエスは、近寄って来て言われた」

 故郷のガリラヤに逃げるようにして帰っていた弟子たちも、マグダラのマリアたちと同じように、従うべきイエスさまを見失い、暗闇の中にうずくまっていました。もはや、何の望みも、何の喜びもありません。一番傍(そば)近くにいながら、イエスさまを見捨て、逃げ惑ってばかりいた弟子たちでした。心の中は、後悔と恐れ、迷いと疑いでいっぱいでした。「ひれ伏した。しかし、疑う者もいた」という言葉から、そんな弟子たちの心の内が透けて見えてくるようです。イエスさまが死んで、もうお会いすることも叶わない。もうすべてが終わってしまった。心が千々(ちぢ)に乱れる弟子たちでした。

 それでも、いいえ、そんな弟子たちにこそ、イエスさまはその姿を現わして、出会ってくださいました。ガリラヤの山の上での出来事でした。

 みなさんは、ガリラヤの山をご覧になったことがあるでしょうか。聖書の風景を撮った写真集には、ヨルダン川の流れる、緑豊かな、とても美しい山々の写真が載っています。

 その山は、「貧しいものは幸いである」と弟子たちにお教えくださった山だったかもしれません。あるいは「あなたこそキリストです」と告白したペトロが十字架への道を理解できず、「あなたは神のことではなく、人間のことを考えている」とイエスさまから叱られた、あの山かもしれません。それとも雲の中で白く輝くイエスさまを見て、「ここにいるは、なんと素晴らしいことでしょう」とペトロたちが喜びに溢れた、栄光の山だったでしょうか。

 ガリラヤの山に行きなさい、そこで会おう、とイエスさまは言われました。それは弟子たちに、ガリラヤのあの美しい山々での出来事、あの山の上でイエスさまが教えてくださったこと、光輝く姿を見せてくださったことを想い起し、振り返り、もう一度、踏みしめるようにして歩み直して欲しい、そう願われたからではないでしょうか。

 

■想い起すということ

 振り返ること、想い起すことを、わたしたちは、うしろ向きで消極的な態度だと考えがちです。しかし、そうとばかりは言えません。わたしたちは振り返り、想い起すことで、新しく生き直す力、新しい人生、新しいいのちを与えられることがあります。

 柳(ゆう)美里(みり)という作家をご存知でしょうか。泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞を受賞した『フルハウス』、芥川賞を受賞した『家族シネマ』など、数多くの優れた小説や戯曲を発表している女流作家です。その作品の中に、29歳のときに発表した『水辺のゆりかご』という、小説のような自伝的エッセイがあります。その最後の章にこんな言葉が綴られています。

 「私はなぜこんな早すぎる自伝めいたエッセイを書いたのだろう。過去を埋葬したいという動機は確かにある。私が書いた戯曲の主題は〈家族〉であり、その後書きはじめた小説もやはり〈家族〉の物語から逃れることはできなかった。つまり私はこのエッセイを書くことによって、私自身から遠く離れようとしたのだ。それこそがこのロングエッセイを書いた理由だと思う。

 私は過去の墓標を立てたかったのだ。それがどんなに早過ぎるとしても―」

 柳美里はこの作品をこんなふうに書き始めています。

 「昭和四十三年六月二十二日。私は夏至の早朝に生まれた」。「美里という名を与えてくれたのは母方のハンベ」。ハングルで祖父という意味の言葉です。在日韓国人の家庭に生まれ育った彼女の家庭環境は厳しいものでした。

 「父は自分の血について何かしらの怯えを感じていたのではないか」。そして、「”悪い血”、父はいつも自分の血流に耳を澄ましていたような気がする。その激しくしぶく濁流に堪えられずに、自分を憎み、私たち家族を憎んだ」と記しています。

 幼い彼女は、「ひとりのときは、ようじと粘土とティッシュで人形をつくり、空き箱で家をつくった」。「仲違いもすれば、殺し合いもする人形の家族」を想定し、「声音を変えてひとりで会話した」。それはこんな風でした。

 「『あんたたち、みんな死ぬのよ!』母親の人形が叫ぶ。のっそりと立ちあがった父親の人形が、ざらざらした耳障りな声でいう。『死ぬのはおまえだ。』

 学校に行けば『カンコク人は自分の国に帰れ!』と砂場の砂を投げつけられることもざら。水泳のリレーになれば、『オエッの大合唱―、耳がキーンとして、顔がほてって、涙で視界が滲』む。そんなとき、一方で自殺を考え、他方で復讐のため、その『いじめを克明に記録』した。

 その後、『父と母の間柄は日に日に険悪になり、それに比例して父が私たちきょうだいに振るう暴力は激しく』なる。『息を殺し、針のように突き刺さってくる時間に堪えた。』

 ある深夜気配を感じて目を開けると、母が枕もとに立っていた。『おまえを殺して、あたしも死んでやる。』母は出刃包丁を握りしめていた。『死ぬときは自分で死ぬよ。てめえなんかに殺されてたまるか!』」 Continue reading

4月16日 ≪復活節第2主日礼拝≫『買収―見るべきもの』マタイによる福音書28章11~15節 沖村裕史 牧師

 

■福音の始まり

 冒頭11節に「婦人たち」とあるのは、28章1節に登場する「マグダラのマリアともう一人のマリア」のことです。イエスさまが十字架につけられ、殺されるその様子を、遠くから見守ることしかできませんでした。深い悲しみに打ちひしがれるマリアたちは、ただイエスさまの遺体に縋(すが)りつきたいと、葬られたその墓から離れることができずにいました。そんなマリアたちに天使が現れ、「あの方は死者の中から復活された。そして、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる」と告げます。

 「あの方は死者の中から復活された」

 これが福音の出発点であり、中心です。そのことは、クリスマスのことが書かれないことはあっても、復活について、すべての福音書が証言していることからもわかります。

 そもそも、クリスマスの話も、この復活の御子イエスの誕生の次第を語っているのであって、復活がなければ、クリスマスを祝うということもなかったでしょうし、さらに言えば、イエス・キリストの十字架の死を、わたしたちの罪の贖(あがな)い、赦しのための死として受けとめる贖罪(しょくざい)の信仰さえ、この復活がなければ、起こりえないことでした。

 なぜなら、ユダヤの人々にとって、十字架の死は紛れもなく神に呪われた者の死であり、イエスさまの死はユダヤ教の最高法院であるサンへドリンで神を冒涜(ぼうとく)した者として断罪された、その結果に過ぎなかったからです。

 イエスさまが殺されたとき、誰もが、彼は呪われて死んだ、そう思ったはずです。

 十字架が救いだなどとは、だれ一人、思いもしなかったに違いありません。

 もし、イエスさまの生涯が十字架の死で終わっていたら、わたしたちの信仰も、教会も生まれることはなかったでしょう。その意味で、イエスさまによってもたらされた奇跡はここからが本当の始まりだったのだ、そう言ってもよいでしょう。そして奇跡は起こりました。

 「あの方は復活された」のです。

 

■つまずきの福音

 ただ、復活というあまりにも驚くべき出来事のために、このことは、多くの人々のつまずきとなりました。パウロがコリントの第一の手紙15章12節に、「キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか」と書いている通りです。

 復活について、当時から今に至るまで、何人もの人が、時に肯定的に、時に否定的に、実に様々な説明と解釈を試みてきました。

 当時すでに囁かれていた噂は、今日のみ言葉に語られている、弟子たちが遺体を盗んだというものでした。その他にも、偽りの死としての仮死説や弟子たちによる幻覚説などあって、信徒の中にも様々な異論、見解があり、復活などとても文字通りには信じることのできない噂、伝説の類であって、復活信仰と言われるものの精神的な意味だけを受けとればいいのだ、とする主張も多々ありましたし、今もあります。

 しかし、果たしてそうなのでしょうか。

 

■目撃者

 復活の出来事を目撃したのは、マリアたちだけではありませんでした。11節、

 「数人の番兵は都に帰り、この出来事をすべて祭司長たちに報告した」

 「この出来事をすべて」とあります。兵士たちは包み隠さず、見たこと、聞いたことを Continue reading

4月9日 ≪復活節第1主日/イースター「家族」礼拝≫『新しい朝を迎える』マタイによる福音書28章1~10節 沖村裕史 牧師

■ここにはおられない

 「あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ」

 驚くべき天使の宣言です。

 「ここにはおられない」

 そんなはずはありません。イエスさまは死にました。目撃者もいます。ガリラヤからイエスさまに従って来た大勢の女性たちがすべてを見守っていましたし、アリマタヤのヨセフは遺体を新しい墓に納め、マグダラのマリアたちはその墓を見守っていたではありませんか。イエスさまは死に、遺体は「ここ」にあるのです。つまり、すべては終わった、もはや、あらゆる希望が絶たれたのです。

 わたしたちはいつも、そんな「ここ」を生きている、と言えるのかも知れません。人間の思惑、人間の限界、人間の絶望。決して開くことのない封印された墓。弟子たちも、女たちも、そんな「ここ」にうずくまっていました。

 週の初めの日の明け方、十字架につけられ殺されたイエスさまが葬られた墓を訪れたマグダラのマリアたちの目の前で、墓石が開かれていました。

 呆然とするマリアたちに、天使が宣言します。

 「あの方は、ここにはおられない」

 では、どこにおられるというのか。

 そこはもはや、人間が計画し、管理するような世界ではありません。神様が与え、計らい、生かす全く新しい世界です。

 

■わたしのガリラヤへ

 天使は言います。

 「あの方は、あなたがたより先にガリラヤに行かれる」

 なぜ、ガリラヤなのでしょうか。そこは、弟子たちや女たちにとって、もはや、帰っても何の意味のない土地であるはずです。

 かつて苦しい人生を生きていた故郷。しかし、そこでイエスさまに出会い、このお方こそ自分たちの苦しい現実を救ってくれる、この世の救い主であると期待をかけ共に活動した、忘れられない栄光の地。とりわけ、「罪深い女」(ルカ7:36~50)、 「七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女」(ルカ8:1~3)と呼ばれていたマグダラのマリアにとって、イエスさまの注いでくださった神様の愛と赦しによって生まれ変わり、生きる喜びを見いだした聖地。だからこそ、イエスさまが殺されてすべてが消えた今、最も帰りたくない地であり、たとえ帰ったところで、そこで生きていく意味のない空虚な地。聖地は今や、思い出すのも辛い、呪われた地になったのでした。

 そこへ行け、と天使は言います。そこでイエスさまに会える、と。

 それは、愛する者を失い、希望を失って、まさに死の世界にうずくまる外ないわたしたちへの、ただ一方的に与えられる福音の宣言です。

 だれにも、もうダメだとあきらめたときがあったはずです。今も、これからも、そうかも知れません。幸せな日々は二度と帰ってはこない、と絶望したあの夜。その夜の闇のなんと深かったことでしょうか。永遠に続くかと思われた闇。新しい朝が来るなど想像もできなかったその闇の底で、しかしそのときにこそ、神様は働いてくださるのです。

 「なぜお見捨てになったのですか」 Continue reading

4月2日 ≪受難節第6・棕櫚の主日礼拝≫『暗闇に閉ざされても』マタイによる福音書27章57~66節 沖村裕史 牧師

 

■呪われた死

 イエスさまの遺体はどのようにして墓に葬られることになったのか。今朝、57節以下が語るのは、そのことです。

 冒頭に「夕方になると」とあります。イエスさまは、午前九時に十字架につけられ、午後三時に息を引き取られました。間もなく夕方になろうという時刻です。この時刻は、葬りのタイミングとしては最悪の時間帯でした。

 マルコは「夕方になった。その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので」と記しています。ユダヤの時刻の数え方によれば、日没から新しい日付となります。午後六時に日が沈むとすれば、あと三時間で日付は翌日になり、土曜日となります。土曜日は安息日、一切の労働が禁止されていました。遺体を葬ることも、労働のひとつです。遺体を運ぶことも、遺体を布でくるんだりすることも、安息日には禁止されていました。

 では、遺体を葬らずに、そのまま安息日が終わるまで放置すればどうなるのでしょうか。カラスや猛禽の類が死体の目や傷口をつついて、その肉を食べ始めることでしょう。なんと酷いと思われることでしょう。しかし、十字架刑とはそもそも、そういう刑罰でした。あと数時間すれば、死体を取り下ろすこともできず、指をくわえてイエスさまの遺体がついばまれるのを見守るしかない安息日が始まります。最悪の時間帯でした。

 申命記21章22節から23節に、こう書かれています。

 「ある人が死刑にあたる罪を犯して処刑され、あなたがその人を木にかけるならば、死体を木にかけたまま夜を過ごすことなく、必ずその日のうちに埋めねばならない。木にかけられた死体は、神に呪われたものだからである」

 イエスさまの死がどのようなものだったのかを思わされます。十字架から降ろされた遺体の埋葬にもそのことが明らかになります。それは、呪われた死でした。呪われた死とは、捨てられた死ということです。人から捨てられた死です。いえ、神に捨てられることは、人が捨てられることよりも遥かに厳しいことでした。それが、十字架の死でした。

 そんなときに、男の弟子たちは全員、早々に逃げ去ってしまい、最後まで付き従っていた女たちも、ただ黙って遠巻きに眺めているほかありませんでした。放っておけばどういう結果になるか、当然予測のつくことでありながら、どうすることもできずにいました。

 

■用いられたヨセフ

 そのときのことです。

 「アリマタヤ出身の金持ちでヨセフという人が来た。この人もイエスの弟子であった。この人がピラトのところに行って、イエスの遺体を渡してくれるようにと願い出た。そこでピラトは、渡すようにと命じた」

 アリマタヤがどこなのか、はっきりとは分かりませんが、ヨセフと呼ばれるこの人が「金持で」「イエスの弟子であった」と書かれています。マルコ福音書には、「身分の高い議員」、最高法院の議員であったとあります。イエスさまの死刑を全会一致で裁定した最高法院の一員であったとすれば、この人もその一員として、本意ではなかったとしても、イエスさまの死刑に同意していたのかもしれません。

 その彼が、十字架の上のイエスさまの悲惨な姿を目の当たりにし、そしてまた、このまま放っておけば当然もたらされるだろう、さらに酷たらしい状況を思ったとき、彼はまるで生まれ変わったかのように振る舞い始めます。

 イエスさまの遺体を引き取って埋葬するということは、最高法院の議員たちに対する反逆です。ユダヤ社会にあってそれは、「金持」あるいは「身分の高い議員」としての特権、名誉をかなぐり捨てるような大胆な行為でした。それはまた、ローマに対する危険な行為でもあったはずです。十字架刑は、ローマ帝国に対して反乱を企てた者に下される刑罰です。カラスや猛禽の餌として食いちぎられる死体をさらし者にするための刑です。その遺体を取り下ろし、埋葬を願い出るということは、その刑罰を途中で取りやめてほしいと願い出ることに他なりません。ヨセフの申し出は、わたしはこのイエスの仲間である、イエスと同じ反逆の意志を持っている、と言っているのと同じことです。しかし、そのような危険を冒して、ヨセフは今、イエスさまの埋葬を申し出ました。

 この埋葬は、当然のこととしてなされたのではありませんでした。

 なぜ、ヨセフがイエスさまの遺体を葬ろうとしたのか、その心の内を伺わせる言葉はどこにも記されていません。ただ、「この人もイエスの弟子であった」とあるだけです。イエス・キリストの福音―天の国がやって来ている、神様の愛の御手が今ここに差し出されているという喜びの知らせを耳にし、罪の赦しを信じ、その希望に生かされ生きていた人であった、ということでしょう。十字架のすぐ傍で処刑人の立場で立ち合っていた百人隊長たちが、イエスさまの死をまっすぐに見つめながら、「本当に、この人は神の子だった」と言ったように、ヨセフもまた、イエスさまの死を見て、そこに神の国が、神様の愛の御手がもたらされていることを同じ感動をもって味わい、埋葬を決意したのかもしれません。推測をするより他はありません。

 それでも明らかなことは、この人の心の内に、神の国、神様の愛の御手を願い求める、希望の火が灯されていたのだろう、ということです。神様ご自身が、イエスさまの地上でのわざを完成させるために、今ここで、このヨセフを用いて埋葬をさせておられるのだ、ということです。

 十字架に死なれたイエスさまの体は、そのままでは無力です。誰かが運ばなければなりません。イエスさまに代わってその十字架を無理やり担がされたキレネ人シモンと同じように、ここでも思いがけず、ひとりのユダヤ人が自分の名誉や地位を賭けて、ピラトの前に膝を屈(かが)め、イエスさまの遺体を請い、自分の墓地に葬ることになりました。

 

■死にて葬られ、よみにくだり Continue reading